03.
青柳家の人間は園田に対して悪い印象は持っていないらしく、祥子と話がしたいと言えば、青柳家の人間は何の警戒心もなく彼女と園田を2人きりにした。
流石に女中のスズだけは部屋の隅に置いていたが、その程度であった。

園田に入れ替わって、間もなく2か月が経過しようとしている。
三好はまだ決定的な証拠を手に入れることはなく、神永からの報告も今まで通り。
停滞している、と感じるには十分な平穏な日々だった。

「あら、今日の花はいいじゃない」
「光栄です、お嬢様。お庭に咲いたものです」
「グラジオラスだったわね、確か」
「はい」

今日も祥子が学校から帰ってきており、園田は彼女に呼び出されて部屋に来ていた。
祥子の部屋はホワイトとゴールドを基調とした華やかなロココ調で、猫足の椅子やテーブルが揃っていた。
窓際にはたっぷりとしたシャンパンゴールドのカーテンとサイドボードが置かれている。
そのサイドボードの中にあるトランプを取りに行った祥子はふとそんな話を始めたので、園田は顔を上げた。

スズは毎日、季節の花を各部屋に飾っているらしい。
以前、イヌサフランで機嫌を損ねてからと言うものの、彼女は切花に適した花を飾っている。
先週は薔薇、先々週はクレマチスと華やかなものが続いている。
各々、美しさが花言葉に含まれる花ばかりを選んでいるようだった。

「でも飾り方がなってないわ」
「左様でございますか?」
「どうして左右の花瓶で花の本数が違うの?ナンセンスだわ」

祥子はスズに難癖をつけないと気が済まないらしい。
花瓶は花の本数は違えど、量は同じに見える。
恐らくは、花の付け方が悪いものといいものをバランスよく混ぜて、両方が同じくらいのボリュームになるように設えたのであろう。
スズは祥子の指摘に対して、すぐに謝罪し直すように話した。

ドアを背後にして見て、左側の花瓶には5本、左側には3本。
大した誤差ではない、祥子もよく気付いたものだ。

「少しくらいの差なんて気にならないさ」
「そうかしら?」
「ああ、十分綺麗だよ」
「まあ…園田さんがそうおっしゃるなら」

祥子はすぐに花瓶から離れて、トランプを手に席に戻った。
ババ抜きにしようか、ポーカーにしようかと言いながらカードを混ぜている。
正直どちらでもいいが、どちらも2人でやるには向かない。

園田は視線だけを動かして窓際のスズを見た、彼女もこちらを見ていたらしく目が合う。
彼女は花瓶を手に持ったままで、固まっている。
園田がフォローを入れてくれたのは良いが、花瓶の中の花はどうするべきなのか迷ったのだろう。
このまま入れ替えるのは祥子の癇に障るかもしれない。
迷った末、スズは花瓶の中身をそのままにしておいたようで、左腕に抱いていた花瓶をベッドボードに戻していた。

「祥子さん、トランプは2人でやっても楽しくないだろう?どうだい、スズを混ぜては」
「まあ…そうかもしれないわね。スズ、貴方もトランプに加わりなさい」
「畏まりました」

スズはベッドボードの傍から離れ、化粧台のスツールを手に戻ってきた。
四角テーブルの園田の右隣にスツールを置いてから、テーブルの上のカードを小さな手のひらの中で切った。
カードを丁寧に切った後、それで三つの山を作り始めた。

「あ…申し訳ありません、失礼いたしました」
「ああ、すまない。大丈夫だ」

スズの手の中のカードが半分ほどに減った頃、彼女の細い腕が園田にあたった。
左手でカードを配っていたために、右隣にいた園田の手に触れることになってしまうようだ。
彼女本人も気にしていたようで、派手に肘が当たってしまった瞬間に、焦ったように園田の方を振り返った。

肘が当たったとはいえ華奢な女性の腕で、尚且つ、うっかりしてのことだ。
痛いわけでもない、ただ当たっただけである。

「スズ、反対側に移動しなさい。…配るのも私がやるわ」

ただそれでも、祥子はどうにも気に食わない。
スズの手から残りのカードを取り上げて、祥子の右隣に移動させた。
彼女は落ち着いた様子で、祥子の後ろを通って移動した。

「さ、やりましょ。ポーカーは苦手だから…そうね、小手調べにババ抜きでどうかしら?」
「僕もポーカーは苦手だから、その方がいいな」

スズがスツールに座るや否や、祥子はそう話し出した。
手元にできたカードの山を掌の中で整え、内容を確認する。
ハートのエース、クラブのエースを即座に見つけて捨て、更にダイヤのファイブ、ハートのファイブ、ハートのセブン…ジョーカーは手元にない。

さて、誰がジョーカーを持っているのか。
三好にとって、ババ抜きは非常につまらないトランプ・ゲームだ。
取ってはいけない札が決められている上に、柄札なので見つかりやすい。

まだ手元の札を捨てている最中のスズの方に視線だけを動かした。
ハートのクイーン、ナインが手元に残り、クラブのエースはダイヤのエースと共に捨てられていく。
棄てられたその2枚の裏からジョーカーが出てくるのを三好は見ていた。

「準備はいいかしら?」
「はい」
「もちろん。さあ、やろうか」

各々の手には5、6枚のカードが残っていた。
人数が少ないから、カードの残りは多少多いような気がする。
ただ、数巡すれば終わるゲームだ。

「スズ、貴方から取っていいわよ。時計回りでね」
「はい…それでは」

声を掛けられたスズはスツールの上で身体を回転させて、園田の方をみた。
スツールは普通の椅子よりも背が低いので、彼女は中腰になって園田の手札の一枚を左手でぎこちなく抜き取った。
取られたカードはクラブのセブン、スズはそれをダイヤのセブンと共に捨てた。

園田はそれを確認して、祥子の手から一枚抜き取る。
クラブのツー、合わせるカードがないので手元に残した。

「はは、運がなかったな」

結果として、負けたのは園田だった。
どうやら彼女はスズの手からジョーカーを引いてしまったらしい。
三好はスズの手の中にあるカードの所在を全て理解していたから、彼女の手からジョーカーが抜かれた時も、その所在をしっかりと確認していた。
後は祥子の手のうちからジョーカーを引かなければいいだけのことではあった。

ただ、それではつまらないとわざとジョーカーを引いた。
スズが負ければ祥子が彼女を嘲笑うだろうし、スズが勝ってしまえば祥子の機嫌が悪くなる。
祥子を勝たせてもよかったが、気をよくして何度も勝負に誘われるのは御免だ。

「もう一試合やりましょ」

二試合目を考えている祥子の隣で、スズが小さな手でカードを集めていた。
棄てられた手札をまとめ、ジョーカーを加えて、どうしようと唸る祥子を尻目に、軽やかな指使いでカードを切り合わせている。
彼女の幼い手のひらに収まったカードは整えられ、テーブルの上に置かれた。

「次はポーカーにしましょ。賭けはなしだけど」
「はは、あまり強くないけれど、それでもいいなら」
「平気よ。…スズ、ルールはわかる?」
「存じ上げています」

スズは立ち上がり、またカードを配り始めた。
手慣れた様子でカード束を握り、左手で素早く配って行く。
意外と強者はスズかもしれないと、漠然と思わせる流れるような所作だった。
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