01.息子の知らない物語
見聞が悪い、とチトセは言った。
本当に嫌そうな顔でそう言ったのだ。
愛しあっていないわけではなかったし、イタチはひたすら一途に愛した。
チトセもそれに答えてはいたが、結婚という法的な措置は絶対に取らせてくれなかった。

そのことに痺れを切らし、狡いことをしたのはイタチの方だった。

「私も悪かったと思うし、油断してたけど」

チトセはイタチの旋毛を見ていた。
油断していた、というのには二つの意味がある。
イタチ任せにして避妊を疎かにしたことと、仕事に集中しすぎて体調の変化に気づかなかったことである。

ただただ首を垂れるばかりのイタチに、チトセは困り果てた。

「…流石に、私もこの子は殺せないわ。腹、括るしかないね」

チトセは力なく笑ってそう言った。
決してうちはには認めてもらえないと思っているチトセのとって、この妊娠はあってはならないことだった。
しかし、だからといってイタチとの間の子を殺すことはできなかった。

数年の間、イタチがどうにも苦心していた問題は、たったひとつの切っ掛けで解決に至った。
子は鎹とはよく言ったもので、長年結婚するしないで揉めていたふたりは子供ができたゆえに結婚した。
俗すぎる結末に誰もが唖然としたが、ある一定の人からはそれしかなかっただろうと納得されたりもした。

ただ子は鎹と言う言葉は本当で、子どもが出来てから、疎遠だった実家との付き合いが戻り、イタチは少し安心していた。
イタチは元々、家族が嫌いだったわけではない。
様々な要因とちょっとした意地から、家に戻ることができなかっただけだ。
結婚と妊娠は、イタチと家族を再度、結び付けた。


真っ青な顔をしているのは、貧血のせいだという。
イタチの肩に額を押し当て、荒い呼吸のまま凭れていた。

「チトセ、大丈夫か?」
「たぶん。痛いのはいいけど、経過が良くないからね…歳は取りたくないってこのことだわ」

歳、とチトセは言うが、原因はそこではなかった。
そもそも、チトセは幼少期に子どもが産めないように何らかの処方をされていたことが、妊娠後発覚した。
本人も昔に言われていたようだが、すっかり忘れていたらしい。
そのため、自然に生むのは難しく、病院に入ることになった。

「さっさと出したい…」
「もっと他に言い方あるだろ…」
「チトセさん、そろそろ行きましょ」

顔色も呼吸も心配しかなかったが、チトセの言葉はいつも通りだ。
気だるげに腹を摩るチトセに呆れつつも、イタチの不安は晴れない。
チトセが部屋に入って少しもしないうちに、看護師や医者が走り回るのを、イタチはハラハラしながら見守るしかなかった。
医者同士が耳打ちしあうのを見るたびに、イタチの不安は募った。

夜が明け、朝にミ様子を見に来たミコトは、入院患者の如く顔色を悪くした息子に驚いた。

「最初はみんなこんなもんよ。母さんもそうだったもの」
「そういうものかもしれないけど…」
「チトセさんの持病、最初から分かっていてよかったわ。でなきゃこんなんじゃすまないわよ」
「まあ…でも危ないことに変わりはないだろ」
「貴方が弱気でどうするの。今大変なのはイタチじゃなくてチトセさんでしょ」

ミコトは自分がイタチを生んだ時のことを少し思い出した。
あの時も1日中掛かってようやく生まれてきたのだ。
初産は大抵難産になるというから、時間がかかるのは当然のことだ。
イタチの気持ちもわかるが、今大変なのはチトセであって、イタチではない。

そうだけど、と煮え切らない返事をするイタチに呆れながらも、ミコトは周囲を確認した。
確かに医者の数は多いように見受けられる。
居ても立っても居られないらしいイタチが立ったり座ったり歩いたりするので、ウロウロしない!と一喝しておいた。
確かに一晩中1人でこの様子を見ていたら、不安にもなるだろう。

イタチははっとして、ようやく腰を落ち着かせた。
久し振りに母に怒鳴られた、と苦笑いする余裕もない。
とにかく恐ろしかった。


結果として、子どももチトセも無事であったが、少なくともチトセは生死をさまよった。
以来、イタチはチトセの体調に過敏になり、過保護にも程があるとミコトに叱られるくらいの病的な愛妻家になったのである。

「いいか、シズキ。母さんが倒れていたら、すぐにサクラに知らせること」
「分かってるってば。いってらっしゃい、父さん」

奥で風邪をひいて寝込んでいる母の代わりに父を見送りに来ていたシズキは、もう何度目かわからないやり取りにうんざりしていた。
母が倒れていなかったとしても、同じやり取りするのだから相当のことだった。

イタチの傍で、彼の部下たちが苦笑いしながら親子のやり取りを見守っていた。
シズキは恥ずかしくなって、もうさっさと行けよ!と怒るのだった。
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