5,世代交代
申し訳なさそうに給仕をしている夜子はクッキーの乗った平皿をテーブルに置いた。
夜子は長い睫毛を伏せて、目元に影を作っている。
艶やかな黒髪は彼女が歩くたびに風に靡いて揺れた。

今朝、夜子とリドルが朝食を摂った丸テーブルには現在、3人が座っている。
扉から最も遠い窓側から時計回りに、リドル、ルシウス、レギュラスが座り、夜子は各々に新しいお茶とクッキーを配って回っていた。
隣を通るたびにルシウスが眉を顰めて嫌そうな顔をしているのをできる限り見ないようにしながら慎重に給仕をするのは、とにかく疲れる行為であった。
こうなるくらいならやはりリドルの言いつけを守って家に帰るのをやめればよかったと後悔したが、もう遅い。

全員に紅茶を配り終えたあたりで、先に紅茶に口をつけていたリドルがちらとレギュラスを見た。

「で、夜子を連れてきてどうするつもりだったんだ、レギュラス」
「いえ、場が和むかと思いまして」
「…お前、馬鹿か?」

どうにもこうにも昔から空気の読めない馬鹿ばかりだと、リドルは額に手をやった。
嘗ての学友であったオリオンもアブラクサスも優秀であったが、よく言うとどこか愛嬌のある、悪く言えば癖のある人間であった。

その立ち振る舞いや優雅な物言い、自由な思考で人に愛されるアブラクサスと、純血であることを表立って自慢することはないが黙々と成果を残すオリオンは純血の中で有名だった。
そのため、コネクションや人望には篤かったが、どうにもならない部分もあったのである。
アブラクサスは世間を知らない部分が多すぎて常識がなかったし、オリオンは黙ってとんでもないことを始めていたりするのである。
影でリドルが2人の様子を観察し、適度に手入れをしていた。

「今回の一件もそうだが、お前らはいい加減、多少なりとも周囲に合わせた考え方をしろ」
「…すみません、よくわからないのですが」
「12歳の女子に突然声を掛けて連れ去るのは誘拐と言われてもおかしくないんだが」

こうなるくらいなら、最初からレギュラスも呼んでおくべきであったとリドルは後悔した。
ルシウスには散々…それこそ2,3時間ほど懇々と説明したことを、レギュラスにも話さないといけないとは。

気に食わない相手に対して呪いをかけようとする、理事を脅して行動しようとする、それらに関してはスリザリンらしくて大いに結構。
ただ、それが公になるような杜撰な計画の状態でやるのはやめろと言う話をしたばかりだ。
誰がやったのか分からない状態であれば構わない。
やったのがマルフォイ家と分かってしまえば、金や権力に物を言わせたと後ろ指をさされてもおかしくはない。

レギュラスもレギュラスで、知らない少女に30代後半の男が声を掛けるなど、事案になりかねない。
相手が悪ければスキャンダルされてもおかしくはないのだ。

「それから、夜子、お前も適当についていくんじゃない」
「…いえ、ブラック家のご当主と言えば有名な方ですし、自己紹介もしていただいていましたし…ついていかない方が無礼かと」
「夜子、お前はレギュラスの顔を知らなかっただろう。相手が人攫いで名前を偽っている可能性もない、ここはノクターンだ」

レギュラスも夜子もそこまで言われてようやく気が付いたようだ。
夜子は日本と言う比較的治安の良い国で育ち、ノクターンでも運よく安全な場所にいられただけである。
リドルの言う通り、ノクターンには人攫いも横行している。
夜子のように幼く無知な少女は人攫いにとって格好の獲物であった。

言い訳だらけの3人に苛立ちを募らせていたリドルだが、こんなことは昔からよくあることだと自分に言い聞かせた。
久し振りだったから、こうも苛立つだけなのだ。
彼らが賢いことは確かなので、一度言えば二度目はない。

「ごめんなさい…」
「別にいい。…レギュラス、貴様はオリオンから預かったものを持っているな?」
「ええ。うちのペンダントと一緒に保管しております」
「ならいい。貴様らを信頼して置いているんだ。しっかりしてくれ」

リドルは黒い日記帳を、もう一度ルシウスに手渡した。
ルシウスはそれを丁寧に受け取って、首を垂れた。
手の中の極々普通の日記帳は随分と重かった。
彼自身、アブラクサスから大切なモノと言われてその日記帳を手にした。
父であるアブラクサスにはたくさんの大切なものがあったが、この変哲もない日記帳だけは常に持ち歩いていた。
日常生活上で大切なものなのだろうと思っていたが、そうではなかったことを、今日初めて知ったのだ。

アブラクサスにとってその日記帳は、誇り高き後輩の命そのものだった。
だから肌身離さず、それこそ友人を守るべく、持ち歩いていたのだ。

「確かに、受け取りました」

ルシウスもまた、父に倣おうと決めていた。
父のように、自分をしっかりと戒め、叱ってくれたその人のために。


レギュラスとルシウスが帰ると、夜子はほっとした顔でティーカップを片付け始めた。
純血の当主たちの視線に耐えるのは、彼女にとってとても疲れることだった。
まるで授業参観に親が来ているときのような気持ちだった。

昼前に家を出て、ダイアゴン横丁の混雑に巻き込まれて、暑い思いをして。
ノクターンに戻ったはいいものの、トリロジーの店長には帰れと言われ…。

「あ、ああ!」
「何だ、騒々しい」
「レギュラスさんに、学用品を買ってもらってしまって…」
「なんだ、そんなことか。気にしなくていい。アイツが勝手にやったんだろう?」

そこではっとした。
そう言えばレギュラスは夜子を連れて行く最中に、学用品は揃えた、と言っていたのだ。
それが本当なのか嘘なのかは分からないが、十中八九本当なのだろうと夜子は考えていた。
レギュラスはそういう人だろうと、短い付き合いであるが、そう思ったのだ。

残りもののクッキーをつまんでいたリドルは平然とした様子だ。
夜子の必要な学用費など、レギュラスにとっては大した額ではない。
機嫌取りの駄賃程度に考えていいだろう。

「ですが、」
「いい。礼だけしておけ」
「はい」

夜子は渋々と言った様子で返事をし、洗い物を始めた。
リドルはその後ろをちらと見て、どうしたものかと考えた。

というのも、まさか夜子の顔がレギュラスに割れているとは思っていなかったのである。
夜子を迎え入れたのは偶然のことで、彼女がここで暮らし始めてから2週間程度しか経っていない。

昔から、マルフォイ家が過去を重んじる家であるとすると、ブラック家は時代の先端を行く家だ。
中でも現当主のレギュラスは情報には敏感なようで、シリウスが脱獄したことも、夜子という少女がリドルの家に居候を始めたのも、すべてを知っているようであった。
ぼんやりしているように見えるが、レギュラスはルシウスよりも敏く、あれでいて裏表がある。
夜子がレギュラスに連れてこられたという点に関して、リドルは多少なりとも疑念を感じていた。
悪いようにはしないだろうが、どうにかして利用しているような気がするのだ。

「…夜子、レギュラスからの返信がきたら僕にも見せること」
「あ、はい。できれば私の文章も見てほしいのですが…」

書けたら持ってくればいい、とそう言い残してリドルは新しいティーセットと読みかけの本を用意した。
レギュラスが何を考えているのかは定かでないが、そう悪いことはしないはずだ。
レターセットを買おうかどうかと悩んでいる夜子の姿を眺めながら、リドルは何杯目か分からない紅茶を飲み干した。
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