3.養い子
長い黒髪が廊下の隅を走る光景にももう見慣れたものだ。
柔らかそうな黒髪は夏の日差しを良く吸い込んで、静かに円状に反射している。
今年の夏からリドルの元にやってきたメイドの姿は、随分と健康的になった。

「あ、リドルさん、おはようございます」
「ああ…おはよう。もう水やりは済んでいるな」
「はい。朝ごはんももうパンを焼くだけです」
「それは僥倖」

リドルが夜子を引き取るにあたった理由は、彼女のアルバイト先にあった。
夜子のアルバイト先はノクターンの中でも大きい大衆食堂だった。
そこが改修工事となり、従業員たちは各々散り散りに別の仕事先を探し始めたのだ。

夜子もそれに倣って仕事先を探し始めたものの、夏休みだけという超短期バイトは早々に見つからなかった。
元々、食堂の倉庫を間借りして暮らしていた夜子にとって、次の職場で同じように住み込みで働かせてくれるところを探さなければならない。
彼女の仕事兼住居探しは困難を極め、2日ほど路上生活を強いられた。
それを見かねた元同僚たちが、リドルに何とかしてやれないだろうかと相談しに来たのだ。
仕事探しなど面倒なので、リドルは夜子を家のメイドとして適当に置くことにした。

「去年の復習は終わったか?」
「はい。今日から課題に取り掛かります」

夜子はスープの入った深皿を手にしながら答えた。
英語を話せるようになった夜子がまずに始めたのは、去年一年間の復習だった。

リドルは暇があれば夜子の勉強の手伝いをしてやり、意外とそれに嵌った。
言葉の壁さえ取り払ってしまえば、彼女は非常に優秀だった。
教えればよく吸収し、きちんと自分の中に取り込むことができる。

小麦色に焼かれた食パンには、チーズとハムが乗せられている。
夜子は食パンに色々な具材を乗せて食べることが好きなようで、スクランブルエッグやフィッシュフライ、果てにはマシュマロやチョコレート、バターシュガー…別々に食べればよいものまで何でも乗せる。
零さないように小さな口を懸命に開けて食べる姿は、リスやネズミを連想させた。
リドルはハムチーズトーストを齧りながら、今日の来客のことを思い出した。

「午前中は来客がある。夜子は出るな」

いうなれば、今日の来客はネズミを食べる狐のような奴だ。
ただし、この狐は今日、狩られにやってくるのだが。

夜子が持ってきた日記帳は現在、リドルの書斎にある。
分裂させた魂を本体と共に保管するのは意味のないことであると考えたリドルは、学生時代に仲の良かったアブラクサスとオリオンに各々1つずつ託していた。
この日記帳は元々、アブラクサス・マルフォイに預けたもので、現在のマルフォイ家の当主であるルシウスに今は継承されているはずなのである。
それがホグワーツに流失したということは、管理に問題があるということだ。
アブラクサスがルシウスに日記帳の意味をどう話していたのか聞き、間違ったことを教えられていたなら正す必要があった。

閑話休題、マグル嫌いのルシウスの前に夜子を出すわけにはいかない。

「分かりました。そうしましたら、お昼すぎまで外に出ていてもいいですか?新学期に必要なものを揃えたいので…」
「ああ、構わない。何なら外で何か食べてくるといい」

夜子には夏休み中の給料を先に渡してある。
それで新学期に必要なものを揃えさせるためだ。
前に働いていた仕事場よりも少し色を付けて渡しているから、外で食事をするくらいはできるだろう。

始まったばかりとはいえ、夏休みは夏休み。
ダイアゴン横丁は普段よりも混雑していることだろう。
また、小柄な夜子だけの買い物は時間がかかることが予想される。

「暑くなる前に行くように」
「はい」

昼前になると明るいダイアゴン横丁は随分と気温が上がるため、比較的に日影が多く涼しいノクターンに暮らすものにとっては辛い。
と言うのが建前で、ルシウスの来訪が11時にあるので、その前に夜子には出てもらわないといけなかったというのが本音である。

夜子は素直に頷いて、食パンの残りを口に放り込んだ。
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