2.少女の経緯
家の中は程良く涼しい。
夜子はリドルの背中を追って、リビングらしき空間に入り込んだ。
見た目通りと言っては難だが、家自体はそう広くない。
しかし細々とした調度品は几帳面に並べられているし、埃の1つも見当たらない小奇麗な家だった。

自分の今日の靴下は大丈夫だっただろうかとハラハラしている夜子の思考を読んだリドルは、さっと彼女に清め魔法をかけた。
潔癖とは言わないが、綺麗好きな方であるから汚されるのは気に障る。

「適当に座れ」

赤い瞳は夜子の思考を読み取る。
相手が未熟な魔法使いだから、少し目を合わせただけでも読心術ができた。
アルバイト帰りで、本当はすぐに帰る予定だったことも、まだ賄いを食べていないことも、リドルにはお見通しだった。
もう少し長い間目を合わせていれば、どうやって分霊箱をここまで届けるに至ったのかも見えてくるに違いなかった。

彼女がおずおずとリビングの椅子に腰かけたのを確認してから、リドルはいったんキッチンに戻った。
彼自身はもう既に夕食を済ませているが、多少残りがある。
食後の紅茶とビスケット、それからスープの残りを適当にプレートに用意して戻った。

「それで。その日記帳を拾った時から、ここに至るまでの経緯を話せ」
「ええと、これは」
「食べながらでいい。いらないなら手を付けなければいい」
「…ありがとうございます」

本当にいいのだろうか、という思いばかりが夜子から伝わってくる。
ティーカップを割りやしないだろうかとか、本当に手を付けていいのだろうかとか、でも空腹だしとか、悶々とした下らない考えがリドルの中に流れてきた。
どうにも普通の少女だ。

リドルが一口紅茶を飲むと、夜子もそれに倣って紅茶を飲んだ。
その時、彼が手を付けているなら私も、という思考を読み取ったので、リドルは腹も空いていないのにしょうがなくビスケットにも手を出した。

少し腹を満たした夜子の思考は、様々な情報を思い出し始めた。
その辺りで、リドルは夜子から目を離した。
ごちゃごちゃとした記憶の情報たちを見ていると疲れるのだ、ある程度纏まってから見た方が効率的だった。

「私はこの日記帳をとある生徒から預かりました。その子から裏表紙に名前が書いてあると教えてもらったので、その名前を調べました」

その後の夜子の話は、滞りなく、嘘もない様子だった。
拾った日記帳を誰かに相談しようとしたものの、英語の喋れない夜子はその日記帳を盗んだと酷く罵られたらしい。
ただ、T・M・リドルと言う名前の生徒はスリザリン内にはおらず、尚且つ、全生徒の名簿を見てもいなかったので、やがてその話は忘れられて行った。
夜子だけは、その日記帳を持ち主に返さなければならないと言う責任を負ってしまい、T・M・リドルと言う生徒を探した。

読めもしない英語を懸命に追って、T・M・リドルと言うイニシャルの生徒が出てくるまで、名簿を50年分も遡った。
そうしてようやく、T・M・リドルを見つけたのだそうだ。

「誰ともわからなかったので、貴方のことをできる限り調べました。古いトロフィーやそのころいたゴーストや…マグコナガル先生にも聞いてみました。彼女が、貴方のことを一番詳しく教えてくれました」

ミネルバ・マグコナガルはリドルと同期の生徒だった。
グリフィンドール生で、お堅そうに見えて意外と敵愾心を剥き出しにしてくるような子供っぽい秀才であった覚えがある。
英語が下手くそな東洋人に対して優しい姿は何となく想像がついた。

夜子はそこからT・M・リドルと言う人間を調べ、その行方を追ったらしい。
リドルは卒業後、自分の名前が忘れられるように失踪した。
その後、ノクターンに戻ったのはおよそ10年前のことだ。
マスターと呼ばれ出したのはその更に3年ほど後のことだったから、ノクターンのマスターとT・M・リドルが同一人物と知られることはほぼなかったはずだ。

「どうして僕がT・M・リドルだと思った」
「マスターはスリザリンの末裔であると実しやかに囁かれていたのと、今年、ホグワーツで秘密の部屋が開けられたが気付いたきっかけです。グリフィンドール生の子…私に日記帳を預けた子が被害に遭ったのですが、その日記帳がやらせたんだと言ったので」

夜子の記憶を覗きこむと、夜子と同い年くらいに見える赤毛の少女が泣いている。
グリフィンドールカラーのネクタイをしたその少女は、ペンキに手足を染めて、夜子の前で記憶がないのだと泣いているのだ。
その手には日記帳があった。

リドルはその記憶を見て、すべてを察した。
日記帳の中の自分がグリフィンドール生を操って、秘密の部屋を開けさせた。
そしてその準備段階の部分に夜子が偶然にも居合わせたのだ。
そこで、夜子は日記帳が秘密の部屋を開けさせた真打で、スリザリンの末裔であると直感したのだろう。
そしてスリザリンの末裔であると噂されているノクターンの主の元にやってきた。

「人間違いでなくてよかったです」
「本当にな」

もし人間違いでリドル以外の手に日記帳が渡っていたら大変なことだ。
最終的にそれなりに賢い人間の手に渡っていたから良かったものの、あのグリフィンドール生の手元にあったままだったらと考えると悪寒がした。

日記帳を見事に持ち主に返した少女には、何らかの褒美をやらなくてはならないだろう。
リドルは空いたカップを手に一度席を立ち、リビングの脇にあるキャビネット棚の小瓶から一つのペントップを取り出した。
柘榴石がついたシンプルなデザインのものだ、それを細身のネックレスチェーンに通す。

「夜子、お前には英語が喋れるようにこれをやろう。今回の礼だ」
「いえ、別にそんなものを求めていたわけではないので。夕食を頂いただけで十分です」
「黙って持っておけ。いつまでも英語が話せないで、何を学ぶつもりだ」

英語も喋れない状態でホグワーツに通うのは辛いことだ。
リドルは垣間見た夜子の記憶の端々に、揶揄いや後ろ指をさされる姿を見た。
夜子は本来、聡明な子供のはずだ、でなければ自力でここまで辿り着くことはできないだろう。
少しだけ手を貸してやれば、随分と良くなるに違いない。

リドルは少しの期待も込めて、夜子にそのペンダントを手渡した。
それをつけている間は、魔法がかかって英語が分かるようになる。

「…ありがとうございます」

リドルが差し出したネックレスを、夜子はおずおずと受け取った。
人から物を貰うのは久しぶりのことで、前に何を貰ったのかも覚えていないくらいだ。
光に透かしてみると、とても綺麗な赤が目に飛び込んできた。
目の前の美しい人に良く似た赤だ。

リドルは灯りに透かしてネックレスを見ているばかりの夜子の手から、ネックレスを取った。
ネックレスは見るものではなく、首にかけるものだ。
リドルのみぞおちくらいの高さにある夜子の首に掛かる髪を退けて、ネックレスを軽く巻いてやった。
華奢な夜子の首に、細身のネックレスは違和感なく収まった。
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