8.後輩は憂う
談話室の隅のソファーでぼんやりと座っているシーナにレギュラスは意を決して声を掛けた。

「あの、シーナ」
「あ、レギュラス。どうしたの?」
「もうお怪我は大丈夫なんですよね?」
「うん。というか、怪我らしい怪我はしてないからね」

力なく微笑むシーナは、明らかに試合の後からおかしい。

シーナがブラッジャーに当たりポッターに助けられた試合は、大いに噂を生んだ。
そもそも犬猿の仲であるスリザリンとグリフィンドールという間柄にも拘らず、躊躇なくシーナを助けに行ったジェームズに皆が唖然としたのだ。
ジェームズ・ポッターはスリザリン嫌いで有名な生徒だった。
だと言うのに、目の前にスニッチがあって、それを取れば勝てる場面で、シーナを助けに行った。
そして見事に地面に衝突する前に、彼女をキャッチした。

シーナはその試合のすぐあと、ポッターに連れられて医務室に行ったらしい。
レギュラスたちが医務室についたころにはポッターはいなかったが、シーナはずっとこの調子だった。

「あのさ、レギュラス」
「なんでしょう」
「あの場面、私がシリウスだったら、レギュラスは助けに行ってた?」

医務室に向かうまでの間に何があったのか、レギュラスは知らない。
レギュラスだけではなく、その間のことを知っているのは、シーナとジェームズだけだ。
そしてシーナはその時のことを誰にも話したがらない。
ただシーナが酷く気落ちしているので、何とかしてやりたい気持ちがレギュラスにはあった。

だから、シーナからの意図の分からない質問にも黙って答えることにした。

「…どうでしょう。平時なら、助けに行かなくてもいいだろうと思うんでしょうけど。でも身体は勝手に動くかもしれませんね。身内ですし、ずっと一緒にいたわけですから助けなくては、と咄嗟に思うかもしれません」

レギュラスには、兄との間の確執がある。
仲が悪いだけのことはあって、平時であれば決してシリウスに近づこうと思わないし、何か罰則を受けていても当然のことと思っている。
ただ、あのような命の危険がある場に居合わせた時、彼を見捨てることができるかと言えば、即答はできなかった。
十中八九、身体は助ける体制に入ってしまいそうだと考えていた。

シーナはレギュラスの答えを聞いて、そっか、と力なく答えた。

「…ポッターに何か言われたのですか?」
「うん、でも今回は全面的に私が悪いの。レギュラスもあの場にいたらきっと怒ることおもう」
「聞かせてもらえませんか。手助けできることがあるかもしれない」

シーナは杖を振ってマグカップをもう1つ呼び出した。
その様子を見て、レギュラスはシーナの隣に座る。
手渡されたマグカップにはいつもより少し甘そうなカフェオレが湯気を立てていた。

シーナの話を聞いて、ポッターの言い分が間違っていないことは確かだとレギュラスは思った。
しかし、である。

「シーナはポッターとどういう仲なんです?親戚ではないでしょう?」
「幼馴染よ。あまり言わない方がいいだろうなと思って隠していたんだけど」

賢い判断だとレギュラスは素直に思った。
ポッター家は純血であるが、他の純血家からの風当たりは強い。
スリザリンにいる以上、あまり話はしない方がいいだろう。

シーナははあ、とため息をつきながら、手に持っていたマグカップで顔を隠した。

「今回の件、僕がポッターの立場だったら、やっぱり怒りますよ」
「そうだよね…分かってはいたんだけど、治し方を知ってるし、昔から痛みに鈍感で気にならないから…まさかあんなに怒られるなんて思っていなくて。仲直りってわけではないけれど、助けてくれたことへのお礼はしたいの」

シーナの真剣な相談の最中ではあるが、レギュラスは舌打ちをしたい気分に駆られていた。
まさかポッターがシーナの幼馴染で、尚且つ、彼女を助けるくらいに思っているとは。
レギュラスは今の話の中で、ポッターがシーナに気があることを察した。
ただの幼馴染に対しての行動にしては、度が過ぎている。
自覚があるのかないのかは定かではないが、自覚ありの可能性が高そうではあるし、なかったとしても相当シーナの近いところに居るとみていい。

シーナからの相談にどう返すべきか、レギュラスは迷った。
いっそ仲直りさせない方が、レギュラスとしては有利に動くことができる。
彼のいなくなったポジションに、自分が身を置けばいいのだ。
ただ、思慮深いシーナはいつまでも幼馴染の影を引きずる可能性が高い。

「なら、やはり単純に謝ってみては?シーナも悪いことをしたとは思っているんでしょう?」
「そうなんだけど…ジェームズって意地っ張りなところもあるし、許してもらえるかどうか…」
「それは言ってみないと分かりませんし。許してもらえないなら、それは如何せんやりすぎだと思います。いっそ縁を切ってもいいのでは?」

苦肉の策ではあった。
ポッターがシーナを許さないことを願いながら、心のどこかでは、そんなことは起こらないだろうと思っている。
実に苛々したが、自分から首を突っ込んだことだ。

シーナはまだ渋い顔をしているばかりだ。
いつもなら、思い立ったが吉日と意外と早く行動に移すと言うのに、今日は随分と腰が引けているようだった。
これ以上、ポッターの話をするシーナの姿を見ていたくはなかった。

「まだ気になることが?」
「…でも本当に仲直りできなかったらって思うと不安で。前まではさっさと縁が切れないかななんて考えてたのにね」

消沈気味に困り顔で笑うシーナを、無理に押し倒してしまいたくなった。
気付いていないようだけど、彼女はポッターに気があるに違いなかった。
何かきっかけがあれば、あっという間に2人の距離は縮まるだろう。
いっそここで、自分の思いを吐露したなら、シーナは何というだろう。
せめて、その一瞬くらいはポッターを忘れるだろうか、その後も忘れてくれやしないか。
レギュラスはそこまで考えて、唇を噛み締めた。

そんなものは、本当にシーナを得たことにはならない。
スリザリンであるレギュラスではあるが、彼はフェアプレーを好む生来がある。
それに、本心を押しとどめて話をすることは得意だった。

「逃げていても何にもなりませんよ。さっさと仲直りでも何でもしてください。いつまでも談話室の隅にマートルのような暗い女がいては困ります」
「うわ、辛辣。…でもその通りね。喧嘩なんて今に始まったことではないし、さっさと済ませるわ。話、聞いてくれてありがとう、レギュラス」

幾分すっきりとした顔のシーナは、レギュラスに柔らかに笑いかけた。
どこまでも鈍感でしようのない人だ。
ただ、レギュラスが好きになったのは間違いなく、そういうシーナだった。
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