IF.
苛々した。
そんなに怖いなら、ポッターのことなんて忘れてしまえばいいのに。
そうしたって、別に何も困らないはずだ。

「付き合いの長いシーナがそんなにいうなら、そうなのかもしれませんね」
「そうだよね…もう、二度や三度のことじゃないから」

長い睫毛が涙堂に影を作った。
その端から零れそうになった滴を、レギュラスは指で掬った。
小刻みに震える産毛を撫でるように、シーナの頬を片手で覆う。
スカートを握りしめるシーナの手をもう片方の手で、乱暴に退いた。

バランスを崩したシーナを抱きしめて、腕の中に納めた。
彼女の線を引いたような赤い唇が驚いたように開かれようとしたのを、不意にレギュラスの唇が止めた。
触れるだけには留まらず、今までジェームズと名前を呼んでいた唇が二度と彼の名前を口にしないように、自分だけを呼んでもらえるように、深いところまで侵すようにキスをした。

引ける腰を抱き寄せるのも、密着した柔らかな胸の感触も、心地よかった。
ちらりと瞳を開くと、高揚した赤い頬と潤んだ瞳が映った。
それらはレギュラスの腰を震わせるような興奮を孕んでいて、その興奮を押しとどめるように強くシーナの腰を抱いた。

「レギュラス…?」
「では、もういいのでは?前々から、縁を切ろうとしていた相手のことですし、悩むだけ無駄だと思います」
「どうしたの、貴方…今」

困惑と驚愕で目を丸くなった目の中に、レギュラスの微笑みがあった。
その微笑みは今まで見た子どもっぽいものではなく、意地の悪そうな大人の顔だった。
甘いコロンの香りがして、クラクラする。

「ポッターのことは忘れよう、シーナ。彼はどうしたってシーナの気持ちなんて知らずに、自分の意見ばかりだ」
「そんなこと、」
「無いっていえる?今までだってそうだったって、シーナがそう言ってたのに」

シーナは困惑しながら、生温い唇を手で覆った。
どうしたらいいのかわからない。
彼女の知っているレギュラスとは全く違う人を目の前にしているかのような錯覚がする。

レギュラスはシーナの手を握ったまま、離さなかった。
彼女の瞳が雨に濡れた草原のように湿っているのを見て、昂っている感情を抑えるよう努めた。
これ以上はいけないと、レギュラスも分かっている。

「…すみません。やりすぎました」
「え…あ、ああ…」

レギュラスはようやくシーナを放した。
放してもなお、シーナは固まったままだ。

バツが悪そうに目を逸らしてそう言うレギュラスに、シーナは戸惑った。
何といっていいのかわからず、言葉にもならない声しか出てこない。
シーナはどうしてレギュラスが自分に対してこんなことをしたのか、さっぱりわかっていなかった。

彼女が状況と己の心境を知らないことを、レギュラスは察していた。
だからこそ、答え合わせをしようと思った。

「好きなんです、シーナのことが。だから、貴方がポッターのことで悩んでいるのが嫌なんです。もうそんなことはやめて、僕だけを見てれませんか」

シーナは目を落とすのではないかと思うくらいに見開いた。
まさかそんなことを言われると思っていなかった。
レギュラスはその反応も想定内なので、気にしていなかったが。

え、と詰まったような声を出すシーナの手を今度は優しく握った。

「僕なら、シーナのことを大切にできる」
「え、いや…ええ?」
「信じてない?」
「え、…ごめん、そう言うの考えてなかったから…」

戸惑った様子のシーナはオリーブグリーンの瞳を泳がせている。
流石に15歳にもなればそういった、浮ついた話を聞かないわけではないが、心のどこかで自分には関係のないことと思っていた。
だが、思ったより身近に恋は転がっているらししいことを、シーナはたった今知った。

同室の友人たちが、誰がかっこいいとか、素敵だとか、色々な話をしているのは知っていたし、一緒に話をしたこともあったが、シーナ自身が恋をすることは今までなかった。
自分が恋することはなくても、誰かの意中である可能性があるなんてことは、殊更考えることのないことだった。

「シーナにも見合いの話とか来るでしょ」
「来ないけど…ブラック家だからじゃないの…」

見合いの話なんてものは一度も聞いたことがない。
そもそも、カヴィン家は癒者になる兼ね合いで晩婚の傾向があり、こんな早い段階から結婚の話など出てくるわけがない。

ただ、レギュラスにしてみればそんなことは関係がなかった。
シーナがこそこそと足を左にずらして逃げようとしているのも、関係ない。

「っ、」
「分かったよ。でももうポッターのことなんて考えられないくらいにするから」
「何それ…」
「返事をもらえるまでは猛アタックってこと」

シーナの顔の横の壁に手をついて、逃がさないように囲う。
確かに、ポッターとシーナが共に過ごしてきた機関は長いかもしれない。
ただ、学校生活に置いてはレギュラスの方がともに居る時間が長い。

負けるつもりはなかった。

「これからよろしく、シーナ」

シーナは引き攣った笑みを浮かべながら、意地悪く微笑むレギュラスを見上げた。
何といったらいいかわからずに薄く開いたり閉じたりを繰り返すシーナの唇に、レギュラスはもう一度口付けした。
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