Deja Vu
エマが癖で助手席に座ろうとするのは、甘利の想定内である。
そして三好が何も気にせずに後部座席に座ることも。
最後まで遠慮していた玲は三好の隣に座らざるを得なかった。
彼女の様子が普段よりも浮足立っていることを、甘利は経験から知っていた。
エマすら気付かないくらいに微細なものだったが、初対面の相手だと言うのに言葉数が多いだとか、少し子供っぽく見えるようなしぐさをするだとか、普段と少し違う。

甘利から見た玲は歳の割に大人びた子で、親友のエマ相手でも丁寧で優しく、悪く言えば内心を悟らせない。
その玲が、甘利にわかる程度に動揺している。
これは、と思った甘利は、わざわざ混雑する道を選んだ。

「玲も甘いの苦手だったよね?何がおすすめ?」
「え…ああ、今日はタピオカにしようと思っていて」
「あー今流行ってるよね、タピオカ。三好知ってる?」
「知ってはいるけど、試したことはないな」

三好が少し乗り気になったのを確認した甘利は、にやりと笑った。
己のファッションセンスはかなりずれているが、トレンドには敏感で新しいものは大抵チェックしている。
最近のタピオカ人気は女性から始まっているものの、三好のように流行好きな男どもの間でも時折話題に上がる。
同期がこの間、女と一緒に飲みに行ったとかいう話をしていたはずだ。

三好もその場にいたから、その話を思い出しているのだろう。

「タピオカ、美味しいの?」
「美味しいですよ。もちもちしていて、ほんのり甘いんです」
「へえ…じゃあ僕もそれにする」
「先にメニュー見ておこうよ。どうせ車止められないから、三好と玲ちゃんで買ってきてもらえる?」

目当てのクレープ屋は駅のロータリーの傍にある。
しかし、ロータリー付近の駐車場はこの時間帯混みあってしまっていて、止めるのは難しいだろう。
夕方の駅近くはとにかく渋滞するので、その渋滞の合間に車を抜け出て買ってくるのが一番いい。

甘利の提案に三好はすぐに頷いた。
1人でクレープ2つと飲み物2つを持っていくのは難しいので、玲と一緒にと言うのも納得した。
メニューを調べようとスマホを手にしていた玲だけがびっくりしたように顔を上げた。

「え、あ…はい」
「大丈夫大丈夫、置いてったりしないよ」

妥当な人選であることは確かだ。
エマは意外と人見知りの生来があるから、三好と二人きりで買い出しに行くのは辛いだろう。
一方で玲は人見知りをしないし、年上との会話にも慣れていそうだ。
気難しく矜持の高い三好ともうまくやってくれるだろう。

三好は何も気にしていないようで、玲の手元のスマホをちらと見ている。
メニューが気になるようだったので、彼にスマホを手渡した。
はんぶんこしようと話をしている甘利たち所望のクレープを覚えながら、玲は自分用のタピオカの割物を選んでいた。

「ソーダとティーか」
「はい。私はソーダにしようかと思います」
「じゃあ僕はティーにしよう…そろそろ出た方がいいか」
「そうだねー。じゃ、よろしく」

三好は玲に携帯を手渡し、ちらと車の外を見た。
駅の外装が見えるくらいの位置にいるが、前は渋滞してしまっていて動きそうにない。
駅前のロータリーまで、あと50mといったところか。
ロータリー前の交差点でUターンすることを考えると、そろそろ出た方がいいだろうと言うのが三好の計算だった。

同じことを考えていた甘利は運転席から後部のドアロックを外した。
玲は財布だけを持って車を降りようとしたが、彼女の後ろにいた三好がすぐに気づいて、財布を奪い取って鞄に戻した。

「さっさと行って」
「いや、でも」
「いいから」

戸惑う玲を車から降りるように促して、三好もそれに続いた。
三好は車道でどうしたものかとうろついている玲の手を引いて、歩道に向かう。
歩道に辿り着くと、三好は一直線に駅前のクレープ屋を目指した。
時間制限がある以上、もたついてはいられない。

玲は名残惜しそうにちらちらと車を振り返っていたが、やがてそれをやめて三好の背中を小走りで追いかけた。


スマートと言えばその通りである。
ただ玲と三好は初対面で、いくら玲が年下とはいえ、奢られる気はなかった。

「三好さん、本当に悪いので」
「終わったことをごちゃごちゃと言わない」

片手にタピオカ入りのストレートティー、もう片方の手にティラミスクレープを持った三好が呆れ顔で玲を見た。
大体、一般的に考えて大学生が高校生と割り勘というのはどうなんだと問い詰めたいくらいだった。
年上を立てる意味も込めて、大人しく奢られておけというのが三好の考えである。

玲もそれを理解していないわけではない。
初対面の三好に奢られることに違和感があっただけだった。
三好の矜持の高さを考えてみれば、年下の女に財布を出される時点でいい思いはしないに違いないと考えなおし、素直に受け取っておくことにした。

「…ご馳走様です」
「それでいい。…ああ、いた」

甘利の車の助手席から手を振るエマを、三好と玲は見つけた。
三好はエマにクレープを手渡し、開いた手で後部座席のドアを開けた。
手渡されたクレープが自分の物でないことに戸惑っているエマを突いて、甘利が彼女の手からクレープを掬い取って、すぐに玲の方を指差した。

玲の手から目当てのクレープを受け取ったエマはぱっと顔を輝かせて笑った。

「ありがと、玲!」
「お礼は三好さんに」

買ったのは玲ではなく、三好である。
後部座席のドアに手を掛けていた三好はエマをちらと見て、どういたしまして、と簡単に返し、玲の手から飲み物を奪い取った。
視線は車の中に向いていて、さっさと乗れ、と言う意味であろうことはすぐに理解できた。

気遣いは素直に受け取っておくべきだ。
玲はそう考えて、すぐに車に乗り込んで、三好に手を伸ばした。
伸ばされた手を三好はまじまじと見ていたが、はっとしたように彼女に飲み物を手渡した。

「三好さん?」
「何でもないです」

得体のしれない既視感。
三好は伸ばされた手に、それを感じたが、なぜなのかはさっぱりわからなかった。
少なくとも玲とは今日が初対面であったし、既視感を覚えることはないはずなのに。

華奢な彼女の指がカップを握りしめているのを傍目に、三好は既視感の中に見えた郷愁に首を傾げた。
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