Encounter
玲はエマのことを気入っていた。
明るく快活なエマは、玲に様々なことを教えてくれる。
過去の記憶がある玲だが、彼女の場合、意外とその記憶は役に立たなかった。
彼女の記憶には料理の上手な作り方や、家事を効率よくこなす方法、主従関係の保ち方は載っていたが、友達をうまく作ることや集団生活に馴染む方法は載っていなかったのである。

その部分を補ってくれていたのがエマであった。
彼女と6年間過ごすことで玲は上記内容を学び、高校生になった今、ようやく集団生活にある程度馴染むことができていた。

「この間、駅前のクレープ屋さんに行ったのだけど」
「え、そうなの?どうだった?」
「エマは好きそう。ミルクティクレープなんてあったよ…甘かった…」

高校生になってお互い違う学校に通うようになったが、それでも玲とエマは変わらず仲良しだ。
エマの部活がないときは、玲の学校の近くにある大型商業施設によく遊びに行く。
今日も2人で大きな本屋さんで本を探すという名目で、夏服を見に来ていた。

玲は高校に入ってから、エマの他にも友達ができた。
その友達と、駅前のクレープ屋さんに行ったのだ。
結論、玲にとってはまずくはないが、あまり好みの味ではなかった。
ただ、エマは好きそうだなと漠然と思ったのだ。

「何それ、行きたい!」
「ね。帰りに寄ろうか。私はタピオカにするから」

タピオカという、あの小さな白玉のようなものがたくさん入った飲み物が、玲は好きだった。
2人は他愛のない話をしながら、ふらふらと店を見て回った。
昔は何と無駄な時間を過ごしているのかと思ったものだが、女子とはどうやらこういうところで情報交換をしたり、コミュニケーションを取ったりするものだということを、玲はエマから教わった。

本来の目的である本屋に向かっていた最中、目の前で見覚えのある男性がこちらを指差していた。
エマが彼に気が付いた瞬間、ぱっと駆け出す。

「オサム!」
「エマに玲、奇遇だね」

玲は硬直したまま、何も口にすることができなかった。
エマのお隣のお兄さん、甘利の隣に、三好がいたからである。


面倒くさそうに歪められた端正な眉や美しく揃えられた髪、清潔に保たれた靴、どこをとっても三好らしい姿だった。
エマは玲の変化に気付くことなく、甘利と話をしている。
三好は2人を見ることも、玲を見ることもなく、本屋の店頭に並ぶ新作の本を見ていた。
玲はその様子ですぐに気が付いた、彼もまた、記憶がないのだと。

そのことを悲しむ一方で、少しだけ嬉しかったのも確かだった。
自分が死んだ後も、三好はきちんと生きていたのだ。
少なくとも、波多野のように戦死した可能性も低いということだ。

「甘利。先に入ってる」
「あー、うん」

そしてどこまでも、三好は三好だ。
甘利に気を使うこともなく、彼は本屋の中に入って行ってしまった。
玲はその後ろ姿を見送って、甘利に声を掛けた。

「甘利さん。彼は?」
「三好っていうんだ。俺の大学の友達でね。ちゃっかりしてるよ、俺が車で来たって言ったら送れって言ってさ」

三好さんで間違いはないようだ。
玲は浮足立つ気持ちを抑えながら、エマと甘利が落ち着くのを待っていた。
彼の性格を考えると、今三好に声を掛けたとしても、大した返事はもらえないだろう。
自分の行動を邪魔する面倒な女子高生としか思われない。

玲は甘利とエマの話を聞きながら、新作の本を手に取って暇を潰しているふりをした。
頭の中は、どうやって三好に近づくかを考えていた。

まずは名前を覚えてもらうところから始めようとか、エマにくっついて回って甘利に接触し、そこから三好に接触できるようにしようとか、波多野に連絡を取ろうとか、玲は延々と考えた。

「まだやってるのか、あの二人」
「あ、三好さん。ご用事はお済ですか?」
「まあ」

本屋で買い物を済ませたらしい三好は、本屋の前のベンチに座って話を続けている甘利とエマを憎たらしそうに見た。
玲は特に興味のない新作の本を閉じて、本の山の天辺に戻した。

三好さん、と声を掛けられた三好はそこで初めて玲をまじまじと見た。
名前は甘利が勝手に教えたのだろうとあたりをつけていた。
この辺りでセーラー服を起用している学校は、駅から歩いて30分ほどの場所にある公立校しかない。
高校生の割に口ぶりが落ち着いていて、顔立ちも大人びているように見える。
大学生と言っても疑われないだろう。

玲は三好の言葉を聞いて、一つ頷いた。
そして、苦笑いを貼り付けてエマの傍に寄った。

「エマ、クレープ屋さんに行くんじゃないの?」
「あ!ごめん、玲!」
「あれ、そうだったの?ごめんね。時間平気?」
「7時までやっていますから、まだ大丈夫ですよ」

玲が優しくエマに声を掛けると、彼女は慌てて立ち上がった。
甘利もまた己の手首に目を落として、時間を確認している。

エマは時間を忘れてしまっていたようだが、甘利はしっかりと時間も把握したうえで、尚且つ、三好も帰ってきているのにも気づいていて、それでも話を続けていたのだ。
その理由は定かではないが、無駄な時間を取って食わされたような気がした。
3人のやり取りを遠目で見ていた三好はその周到さに苛立ちながらも、見ているだけにとどめた。

「そうだ。2人とも、駅を経由して家まで送ろうか?」
「え、いいの?」
「うん。俺らももう帰るだけだし、三好もいいだろ?」
「別に」

三好にそれを断る道理はなかった。
先に甘利をいいように使ったのは三好であり、甘利の気まぐれで帰路につくのが遅くなるくらいは耐えなければならないことだろう。
本当に嫌なら、駅で降ろしてもらって自分で帰ればいいだけのことだが、それをするほど時間に余裕がないわけではない。

玲は申し訳ないとしきりに遠慮していたが、エマに押し切られる形で車に乗り込んだ。

「駅前は混雑しているでしょうし、クレープ屋さんはいいんじゃ…」
「俺も話聞いたら食べたくなっちゃったし、三好も小腹空いたろ?」
「好きにしたらいい」

エマが無邪気に喜ぶ後ろで、玲はそわそわしていた。
彼女がいつもの癖で助手席に座ってしまったがゆえに、玲と三好が後部座席に隣り合って座ることになってしまったからだ。

玲は再会を果たした今、高鳴る胸を勘付かせないようにするので精いっぱいだった。
隣から香るコロンだとか、視界の隅で軽く組まれた足だとか、すべてが玲の琴線に触れる。
落ち着かない気持ちを抱いたまま座っているのは多少苦痛であったが、その一方で、いつまでもこうしていたような気さえして、おかしくなりそうだった。
正直、あまり長い時間こうしているのは大変なことだ。

しかし、その気持ちを知ってか知らずか、甘利はクレープ屋さんの話ばかりだ。

「三好って甘いの平気だっけ?」
「嫌いじゃない」
「結構甘いですよ?」
「…それは、ちょっとな」

駅が近くなるにつれて、道は混雑し始める。
サイドブレーキを踏み込み、甘利は後部座席を振り返った。
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