Recollection
玲が前の記憶を持っていると気が付いたのは、物心ついた頃だった。
思い出したのは玲が4歳になったばかりのころで、既に彼女には親がいなかった。
ドッと押し寄せてくる水のような感じではなく、水底から浮上するように玲は記憶を戻した。

前とほぼ同じ環境だったが、大きく違う部分として、双子の姉がいないのだ。
スズがいないことに玲は大きな不安を感じたが、一般的な4歳児を装って暮らした。

「あいつ、巧くやりそうだったしなあ。あーなんか腹立つ」
「まあ…そうですね」

玲が最初に見つけた、前の知り合いは波多野だった。
彼とは小学生の頃に出会い、お互いにすでに記憶を持っていたことが確認できた瞬間に、親友になった。
波多野は玲の2つ年上で、今は高校3年生と1年生という間柄である。

お互いのクラス内では中学時代からの恋人と言う設定にしておいて、昼と放課後を共に過ごした。
主な話は、昔話である。

「玲は誰が長生きしたと思う?」

玲と波多野は昔話をしているうちに、あることに気が付いた。
どうやら自分たちはかなり早逝であったという点である。

玲は三好と共に出向していたドイツで列車事故に巻き込まれて事故死した。
それが1940年の話で、まだ日本が戦線に出ていない頃の話だった。
波多野と玲だけでは確証が取れなかったが、玲が甘利の記憶がないと波多野に報告したため、その線が強くなった。

甘利は戦争が始まる寸前、ふらりと大東亞文化協會から姿を消したそうだ。
恐らくは任務に出たのだろうとのことだったが、日本国内に残っていなかった機関生の方が長生きしたに違いないと2人は考えていた。
中学、高校での歴史の授業の中で、戦時中の日本を知ったからだ。

「えーっと…そうですね、神永さんとか田崎さんとかでしょうか」
「その心は?」
「どちらも英語が堪能だったようですし、家柄もよさそうでいらっしゃったので」

目の前の波多野は後頭部で手を組んで、あーと気の抜けた声を出した。
彼の体重がかかった背もたれがギシギシと音を立てる。

戦時中、若い男が徴兵を免れるためには、それなりに重要な仕事に就く必要があった。
主に、医者や翻訳師、電信師などである。
D機関での知識を使えば、機関生全員がなれる仕事であった。
その中でも、家柄等を考えた時に長生きしていそうだと思えるのが、先にあげた2人であると玲は考えていた。

「確かに。俺は家柄には恵まれなかったからなあ…思い出すだけで腹立つ」

一方の波多野は戦中に戦死した。
彼の実家は薩摩藩に仕えた武家で、戦争が始まった瞬間に子どもたちを士官学校に突っ込んだ。
波多野もそうされかけたが逃亡して、本州へ逃げ込んでD機関に入り込んだらしい。
逃げ続けていた波多野だが、戦争が始まった際に兄弟の一人に見つかって、軍部に放り込まれた。
その後戦死したのが1945年、サイパン島でのことだった。
病死でなくてマシだったというのが彼の口癖である。

「実井も長生きしてそうだな」
「ああ…うまくやっていそうですよね」

2人はほぼ毎日、昔話をする。
内容はまちまちであるが、その殆どがD機関の人間についてのことだった。
D機関での日々は2人にとって特別なもので、未だに自分たちがこの場所に馴染めないのも、そのせいではないかと思っていた。

せめて、他のメンバーに会えたら、この疎外感は消えるのではないか。
玲と波多野は口にはしないものの、そう考えている。
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