アラームが鳴る前に目を覚ます習慣ができたのはいつからだろうか。
覚醒した脳がアラームの音は煩いことを思い出した。
玲は枕元の五分後になる予定のアラームを止めて、身体を起こした。
窓際の遮光カーテンを開けると、眩い光が狭い部屋の四隅を照らした。
「おはよう、玲。今日も早いわねえ」
「おはようございます、アケミおばさん」
朝起きて、朝食とお弁当を作るのは玲の役目だ。
寝覚めが良い玲は朝の仕事に向いている。
朝食を作り、前の日に予め用意されていた洗濯機を回し、新聞を取りに行く。
ついでに胡蝶家で飼われている犬の散歩をするのが玲の日課だった。
それだけのことをしても、玲は遅刻知らずだ。
彼女を育てる養母も養父も、玲のその部分だけは存分に褒め称えた。
「では、先に出ますね」
「はいはい、いってらっしゃい…ほら、ミサ!アンタ早く起きなさいよ!」
ホームルームが始まる2時間前に、玲は家を出る。
家から公立の学校までは電車とバスを使って30分ほど。
玲はバスを使わないので、1時間かけて登校していた。
駅までの道をのんびりと歩き、とある家の前で止まった。
コーラルピンクの外壁と白い屋根が可愛らしい家で、庭には大きなサンルームがある。
サンルームで外をじっと見ていた黒いテリアは玲を見つけた瞬間、尻尾を振って吼え始めた。
その鳴き声を聞いて、玲の友人であるエマがサンルームの窓からひょっこり顔を出した。
しきりに窓を引っかいていたフラテが、少しだけ開かれた窓から飛び出して、玲の足元にじゃれついた。
「おはよう、エマ、フラテ」
「もう、フラテったら!あ、おはよう、玲!」
「おはよう。フラテは見ておくよ」
柔らかな黒い毛並みが足元を擽るので、玲は笑いながらエマにそう言った。
エマは玲の幼馴染で、日本育ちのイギリス人だ。
通う高校が近くにあるので、よく一緒に登校している。
玲は興奮冷めやらぬフラテをぐしゃぐしゃに撫でまわし、出された腹を擽って、エマを待った。
千切れんばかりに尻尾を振るフラテは吼えながら、玲の足元を駆けまわっている。
「こら、フラテ。しー」
「あはは、もう遅いよ。おはよう」
「…すみません、おはようございます、甘利さん」
フラテが嬉しそうに吼えると、大抵お隣のお兄さんが目を覚ます。
ラフな黒いTシャツにハーフパンツ姿のお兄さんは、特に怒っている様子もなく、二階のバルコニーから玲とフラテを見下ろしていた。
1週間に2,3度こういうことがあるから、玲もお兄さん…甘利もそこまで気にはしていなかった。
ただ、玲は彼を見ると未だにはっとする。
彼の名前、甘利修、前世の記憶はないらしかった。