Epilogue:
女中は変わらず美しい。
否、今は女中ではなく、事務員である。

変わらず端正な顔立ちだし、身体に合ったスーツは彼女の柳腰のラインを妖艶に演出してしまっているしで、目のやりどころに困る。
そりゃあ、D課に書類を持って行ってなかなか帰ってこない馬鹿が湧くわけである。

「ええと…君が、玲?」
「ええ。お久しぶりですね、佐久間さん」

今は初めまして、のはずであった。
佐久間は玲のその言葉に確信をした。
彼女は前を覚えている。

佐久間もまた、前の記憶を持っていた。
彼は今の今まで、前世で出会った人間とあったことはなかったのだ。
今日初めて、前世であった人間に遭遇した。
玲はD機関と呼ばれる機密組織にいた女中である。

目を丸くした佐久間に玲は目を細めた。
細い指が彼女の腹のあたりで組み直される…佐久間は分かり易過ぎた。

「気をつけてください。これから貴方がいくD課は、以前のD機関の人間が揃っています」
「…そ、そうなのか…あいつら、また集まったのか…」
「ええ。偶然な部分もありますが、大半は必然的に集められました。…問題は、前の記憶をまだ戻していない人がいるという点です」

波多野が大学を卒業する頃、甘利が記憶を取り戻した。
きっかけがなんであったかは知らないが、記憶を取り戻した甘利は、まずに玲に連絡をしてきた。
大学院に通っていた三好、就職先が決まっていた波多野と共に甘利と話し合った。
彼もまた、すべての記憶をきちんと取り戻しており、懐かしい話に花を咲かせた。

その後、甘利が職場で引き抜かれた。
引き抜いた相手が、結城中佐だったのである。

「結城さんもまた、記憶を残しています。まだ取り戻していないのは、と神永さんと田崎さんです」

結城中佐の元には、既に神永と田崎がいた。
早い段階で結城中佐は機関員たちを探していたようで、甘利を見つけた後は、芋づる式で波多野、三好、玲を引き入れた。
また、玲たちのように自力で機関員を見つけてグループを作っていたのが、福本である。

彼は小田切と幼馴染になっていたようで、その後大学で実井を見つけ、グループを作った。
福本が就職で上京した際に、田崎を見つけ、そこから他の記憶がある機関員を見つけた。


「…まだ、ということは取り戻す可能性があるということか?」
「はい。どうやら前に早逝であればあるほど、早く記憶を戻すようですから。神永さんと田崎さんは随分と長生きだったようで。戦後もばっちり生きていたようですね」
「そうなのか…」

玲は別棟に向かう渡り廊下を歩く。
佐久間は、彼女が大東亞文化協會の案内をしてくれた時のことを思い出していた。
しゃんと伸びた背や前を向いていてもきちんと通る声。
懐かしさが溢れてくる。

別棟のエレベーターを呼び出している間に、玲は佐久間に向き直り、釘を刺すように言った。

「記憶を戻していない人がいる以上、昔話は厳禁です。昔話の際には、先に言った2人にはばれないようにしてください。職場では話さないことをお勧めします」

まだ思い出していない2人を刺激しないために、職場では昔話が禁止されている。
自然に思い出す時を待つのがいいと言うのが、機関員の総意であった。
玲は佐久間の迎えと同時に、これを伝える任務を仰せつかっていた。
佐久間は少し目を見張っていたが、納得したように頷いた。

チン、とエレベーターのドアが開く。
玲が先に入り込み、佐久間が入りやすいようにドアを開けておいた。
本来であれば男がやるべきことを、さらりと熟すあたり、玲は変わらず優秀なようだ。

「…その、失礼だが玲はどうして死んだんだ…?」
「事故死です。18の時のことでした。機関内で最も早逝だったようです」

エレベーターの中であれば、誰に聞かれることもないだろうと、佐久間はそう問いかけた。前世での最期を聞くことは失礼に値すると思っていたのだが、玲は佐久間の問いに何でもないことのように答えた。

佐久間は聞かれてもいないのに、一応自分は戦死で…などと言う話を始めたあたりでエレベーターが目的地に着いた。
彼が戦死しているであろうことは、玲の想定内であり、あまり聞く必要性はないと感じていたので、佐久間にエレベーターを降りてもらい、自分もフロアに足を進めた。

「こちらがD課の仕事部屋です。くれぐれも先ほどのこと、お忘れのないように」

玲は一つのドアの前で歩みを止めた。
佐久間がそのドアプレートを見上げる…執務室、と書かれている。
釘を刺すか言葉に佐久間が頷いたのを見て、玲はドアを開けた。

開けたドアの先は、既視感に溢れる空間だった。
開け放たれたドアの傍にいたのは三好で、いつもの気取った笑みで佐久間を迎えた。

「やあ、初めまして。佐久間さん。ようこそいらっしゃいました」

警視庁、特殊事件捜査部D課…表沙汰にできない極秘案件や機密調査を請け負う、警察における暗部。
まさにそこは、佐久間の記憶の中の大東亞文化協會にあるD機関そのものだった。
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