Ending is befinning
咲子・リドルはただのマグルだった。
ハワース郊外の自然が多い区域にぽつりと浮かぶ住宅街。
住宅街と言っても規模は小さく、20戸程度の家と小さな商店しかない。

庭付きの家が殆どで、リドルの家もそれだった。
シックな煉瓦造りの家の中は、非常に明るい。
2人暮らしだからということもあってか、広い家のように感じる。

「これが11歳のリドル。それから、こっちがリドルから送られた手紙ね」

レトロなお菓子の缶の中から出てきたのは、たくさんの羊皮紙だった。
それには綺麗な筆記体で、学校での出来事や学んだこと、咲子の近況を心配する内容が書かれていた。

アルバムには丁寧に日付とどこで撮った写真か書いてある。
写真は動かない、マグル式のものだ。
今目の前にいる咲子と同じ姿の咲子と、その隣に美しい子どもが写っていた。

「うっわ、子役みたいだ」
「でしょ?もう天使みたいでね」

シャツにサスペンダー、半ズボンにハイソックス。
余所行きの格好で佇むリドルはカメラに笑いかけている。
咲子も嬉しそうに笑っているが、リドルの方は笑ってはいるがつまらなそうだ。
日付は1937年7月となっている、ちょうど11歳のリドルだ。

そこから1年ごとに必ず1枚の写真が収まっている。
ホグワーツの制服姿のリドル、13歳でもう咲子の身長を追い越している。
11歳の時の写真から始まって、10枚の写真があり、最後は2人のウェディング姿で終わっているアルバムだ。
恥ずかしそうにリドルの手を取る咲子の姿は幸せそうに微笑んでいる。

「これ、結婚式の…?」
「そうなの。もう43年前のことなんだけれど」
「43年…」
「リドルには卒業と同時にプロポーズされて、それ以来ずっとだから」

40年以上、2人とも同じ姿で暮らし続けている。
その事実は信じられないことのように思えるが、2人はその後もたくさんの写真の中に存在している。
トウキョウ、ローマ、パリ、ベルリン、上海…どうやらたくさんのところを旅行してきたようだ。

「リドルの疑いは晴れた?」
「最初から僕ら以外は疑っていませんから」
「そう…ハリーはどう?」

ハリーは先日のブラック家での話を思い出した。
魔法省でのリドルの印象は、冷静で事務的、上司である大臣に対しても媚びることなく公平。
純血贔屓と言う話は聞かないが、純血の家の当主たちはこぞって彼を支持していた。
誰に聞いても仕事のできる、優秀な人であるという評価だ。

その一方で、リドルが結婚しているかどうかすらも謎だった。
彼はプライベートに関しては決して仕事には持ち込まなかった。

「もう、疑う気持ちはないです」
「そう…ならよかった」

ハリーがそう言ったのは本心だった。
ブラック家で初めてリドルのプライベートを覗き見たハリーは、驚いた。
冷徹とすら言われるリドルがああも咲子を大切そうに見たり、彼女を傷つけそうな発言に怒りを露わにしたりと人間らしい様子だった。

リドルにとって咲子という存在が、どれだけ大きかったのかを身に染みて感じた。
彼女のお陰で、リドルは闇の帝王にならなかった。
ハリーが母の愛によって守られたように、リドルは咲子の愛によって守られていたのだと、ハリーは感じた。
だからこそ、彼は闇の染まらずに済んだ。

「咲子さん、僕は母の愛に守られていました。きっとリドルも同じだったんだと思います」

咲子は目を丸くした。
そんなつもりはなかったのだ、リドルに出会ってしまって、懐かれて。
自分も1人で寂しかったから、寂しい者同士で一緒に暮らした。
リドルが成長していくのを見ながら、育っていくリドルの姿に喜び、先を知っていたから恐怖し、疑うことに苦しみながらも暮らした。

結果として、リドルは良い子だった。
咲子は何かを説いたり、教えたり、立派な母とは言えなかった。
最終的に母とは思ってなかったと言われるくらいだ。
だから、元々リドルはきちんと両親を持った少年だったということだ。
ただそれだけのことだ、咲子は何もしていない。

「私、何もしてないの。学生時代は、夏にしか帰ってこなかったし…」
「それでも咲子さんがいてくれたから、リドルさんは孤独を感じないで済んだんだと思います」
「そんなの、私だってそう。私も孤独になりたくなかったから、だから」

ハリーは目の前で涙を流している咲子に伝えたかった。
あの後、魔法省でリドルがもう二度と咲子を巻き込むなと言ったこと、絶対に彼女を傷つけたくないからだとそう言ったのだ。

咲子はどこまでも謙虚だ、自分の功績であるとは絶対に言わない。
ただ、他人に自分がやっていたことが間違えてなかったと認めてもらえたことが嬉しかった。

「ポッター、俺が何といったかも覚えているか。咲子を巻き込むなと言ったはずだが?」
「あ、え、リドル?仕事は?」
「家に不審者がいればすぐにわかる…なんで泣いてる?」
「え、いや、その」

音もなく表れるのはリドルの癖だ。
恐らくは姿現しだろうが、誰も特徴的な破裂音を聞かなかった。
リドルはリビングのドアの方から現れて、咲子の背後に立った。

驚いて振り返った咲子の瞳に涙が浮かんでいるのを見て、怪訝そうにハリーを睨んだ。
どうにもこの人は奥さんのことになると気が短いようだ。
咲子は未だに感情が高ぶったままのようで、涙もリドルも止められるような状態ではないようだった。

「何をした?」
「リドル、違うの。私が招き入れたの」
「知ってる。この家は、招かれざる客は絶対に入れないようにしてる。招かれない限り誰も入れないから。咲子に何を話した?」
「リドルさん、あなたの昔話を聞いていたんです」
「はあ?」

リドルはそこでようやく、机の上に散らばった写真を見た。
全体を確認してため息をついた。

どうにも咲子はポッターに甘いところがある。
彼が咲子の知る物語の主人公だからということが大きな理由であることは確かなのだが、そもそも彼女は子供好きだから、贔屓になっているところもあるのだろうが。

「…咲子、勝手に話すな」
「だって、リドル勘違いされてたみたいだし…」
「どうでもいい奴らには勘違いでも何でもさせておけばいい。育て方を間違ったって?」
「まさか!いい育て方をしたって褒められたの」

あまり育てられた覚えはない、と口に出しそうになって止めた。
リドルにとって、咲子は母ではなかった。
最初からせいぜい近所のお姉さんで、一緒に暮らしていた頃も居候くらいの気分だった。
居候だから迷惑を掛けたくなくて手伝いをしていたら、咲子が自分を本当の子どものように愛していることを知ってびっくりしたくらいには他人だった。

確かに咲子を意識し始めてから、彼女に嫌われないように、失望されないように尽くしたつもりだった。
その結果として、リドルは人道を外れることなくここまでやってこられた。
育て方、と言えばそうなのかもしれないが、どちらかと言えば、リドルの恋の副産物であったと言えよう。

「それは良かった」

しかし、訂正をするほどのことではない。
確かにリドルは咲子の脛を齧って暮らしていた時代があったわけだし、咲子から学んだものも多かった。
何より、その言葉で咲子が喜んでいるのなら、それを妨げるようなことをすることはない。

「咲子、ここからは君も知らない部分だ。あとは好きにしよう」

たっぷりの涙を目に浮かべた咲子は大きく頷いた。
知っていた物語は終わった、目の前には新しく自分たちで作り上げる物語が広がっている。
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