The fact of startle
エヴァ・リージェンの研究論文に目を通した咲子は、リドルと向き合った。

「ごめんなさい。今まで隠していて」
「咲子自身も信じられなかったんだろ?」
「まあ…でも、リドルと出会ってから一切歳を取らないことには気付いてたから」
「それはそうだろうけど。むしろ、僕がここまで気づかなかったことに驚いているよ」

苦笑いしたリドルに、咲子もまた苦笑いで返した。
確かにリドルの言う通りで、考えてみれば咲子とリドルは10年以上共に暮らしているのに、まさか今になってこの話をするとは思ってもみなかった。

「あのね、本当は私、リドルが自己紹介する前からリドルのことを知っていたし、貴方がマグル嫌いのスリザリンの末裔だってことも知ってた」

目を丸くしたリドルに、咲子はまた謝った。

この先のことを伝える必要性はないと分かっていた。
しかし、賢いリドルはいつかこの結論に到着する可能性があると、エヴァ・リージェンの論文を読んで感じたから、先手を打つことにした。
彼が自分自身で気づいてしまうよりも、自分が伝える方が、リドルにとっていいと考えてのことだった。

「この世界は、私にとって本の中の世界だった。以前、私が27歳まで暮らしていた世界では、この世界は魔法遣いの童話として、多くの子どもに読まれた本だった」

咲子がこの世界に来るきっかけは、エヴァ・リージェンだった。
彼女は27歳の誕生日を祝って、予てから言ってみたかったアイルランドを旅行した。
咲子自身、その本に夢中になった少女の一人で、その後も大人気なく魔法と言う言葉に夢中だった。
アイルランドやイギリスは魔法や妖精、様々な幻想の世界の謂れがある場所がある。
咲子はそう言ったところを回る旅行に出たのだ。

アイルランドのコーク州で、有名な城を見に行っていたとき、咲子はとある女性に出会った。
城の塀から飛び出してきた彼女は、慌てた様子であった。
危うくぶつかりそうになるのを避けて、咲子は彼女をみた。
もう雪が降りそうなほど寒い時期にもかかわらず、ジーンズと白いTシャツ姿の彼女に驚いたのを覚えている。

「あなた、いくつ?!」
「え…27歳になりますが…?」
「いつ!」
「え、明日ですけど」

謝ることもなく突然年齢を聞いてきた女性に、咲子は怒りよりも驚いた。
そばかすの目立つ愛嬌のある顔だった。
女性は咲子の年齢と誕生日を聞いた瞬間に、彼女の手を取って城の中に引っ張り込んだ。

そこから、咲子の記憶は曖昧だった。
気が付いたら、最初に住んでいたアパートにいた。


「部屋に置きっぱなしになっていた英字新聞と、外の様子を見て状況は確認できたの。信じられなかったけど。それからリドルに会って、ただのタイムトラベルじゃないことに気付いたって感じ」
「…それが本当ならエヴァ・リージェンはとんでもないことをしでかした」
「だと思う」

リドルは低い声でそう言った。
彼の機嫌が著しく悪くなったのは、咲子でも無論わかる。
理由はなんだかわからない、エヴァ・リージェンの行為についてなのか、咲子にとって世界が本の中の虚像であると分かったからなのか、自分が今まで何にも気づかないで暮らしてきたことに対してなのか、すべてなのか。
ただ、リドルが怒っていることは確かだった。

「リドル、私もうこの世界に生きる覚悟ができてる。だからリドルのプロポーズも受けた」
「向こうに家族がいたんだろ」
「うん。でも、もう殆ど顔も思い出せないから、いいの」
「いいわけない。いいわけないんだ、咲子」

リドルの腕がエヴァ・リージェンの論文を薙ぎ払って、咲子の身体を包み込んだ。
彼のシャツにシミができたことで、咲子は自分が泣いていることに気付いた。

リドルがいいわけないと言ったのは、彼が家族の暖かさを知ったからだった。
もし今、どこか分からない世界に飛ばされて咲子と離れ離れになったとしたら、どんなに辛いことか、それをリドルは考えていた。
きっと咲子も最初は同じ気持ちだったのだろうと思った。
もう思い出せないくらいに色褪せた記憶であっても、咲子にとっては大切な記憶のはずだった。

「約束しよう、咲子。ここにいる間は何の心配もないようにする。望むなら僕もずっと一緒だ」

リドルは咲子の話とエヴァ・リージェンの研究論文の内容から、彼女がエヴァ・リージェンの被害者であることを盾に魔法省にとある申請を上げた。
その申請は今まで一度も出されたことのない特異な内容であったが、リドルの言葉や咲子の境遇が鑑みられ、結果として許可が下りた。


「僕が不老不死なのは、咲子の事故の件で保護者として登録されたからだ。年に一度、魔法省上官たちの監視下で賢者の石を使うことを許可されてる。分霊箱の影響ではない」

リドルはそう話し終えると、足を組み直した。
シリウスとハリーはそれを信じることができなかったが、目の前に出された申請書は確かにリドルの言葉の裏付けをしている。

「何で分霊箱のことを知っている?」
「ヴォルデモートが俺の名前であることも所以しているが、確かに過去、俺は一時期闇の道に足を突っ込みかけた。秘密の部屋も開いたし、スラグホーンから分霊箱の話も聞いたし、偽名まで作ってみたりした」
「…グレてるってそういう可愛い感じじゃないよね、それ」

咲子が言葉にして突っ込んだ内容を、ハリーやシリウスは心の中で思っていた。
グレているという思春期の青年によくあるレベルの行動ではない。
リドルがやっていたのは、無免許でバイクを運転するとか、夜に勝手に出歩くとか、そういう小さな犯行どころではない。
完全に反社会的な勢力を作りかけていたのである。
思いとどまってくれていなかったら、恐らく世界はもっと大変なことになっていたに違いなかった。

スリザリンの末裔で、マグルの父に母ごと捨てられたリドルがどうして踏みとどまったのかが問題であった。
それを解明するにはリドルの過去をもう少し詳しく聞かなくてはならない。
しかし、リドルが過去をあまり話したくないと思っているのは、誰の目にも明白であった。

『いいえ、とても可愛らしかったのですよ。そこまで話を進めておいて、やっぱり咲子に心配をかけるからやめるなんておっしゃったんですから』

絵画の中でオリオンがそう言った瞬間に、リドルのすまし顔が歪んだ。
彼の隣の咲子は一瞬目を丸くしたが、すぐに嬉しそうにリドルに微笑みかけた。

ハリーとシリウスは首を傾げるばかりだ。

「…オリオンに立ち会わせるよりもアブラクサスの方が良かったな」
『アブラクサス先輩だったら、笑いながら皮肉塗れに言われることです。意外と僕らは根に持っていますからね』

本人は不機嫌そうにそう言ったが、オリオンは笑顔でそう言った。
オリオンもアブラクサスも、リドルがやめると言ったときに理由を聞かせろと詰め寄った。
彼は決してその理由は明かさなかった。
結局リドルはその後、マグル嫌いの話は一切出さなくなったのだ。
アブラクサスはその変化に辟易として、学生の間は決して彼と深く付き合わなかった。
しかし、その後魔法省の高官になったリドルには親しく声を掛けるあたり、彼はどうにも狡賢く、プライドが高いようで低いとオリオンは思ったものだ。

閑話休題、ともかくリドルは決してどうして思いとどまったのかを言わなかった。
オリオンだけは、その理由を察していた。

『それだけ、貴方にとっての彼女が大切だったのでしょう?』

クスクスと笑い出したオリオンに、リドルは杖を振った。
その瞬間、オリオンの絵画はレギュラスの隣から消えてしまった。

「ちょっと、リドル」
「部屋に戻しただけだ。必要のないことをペラペラと…」

咲子が咎めるようにリドルを見たが、彼は不機嫌なままだ。
知られたくないことを話されたことが癇に障ったのだろう。

途中からオリオンとリドルだけの話になってしまって、自分たちの話ができていなかったハリーとシリウスは顔を見合わせた。
話を変えるのであれば、今だという思いが一致した。

「…あの、貴方はいつからリドルの傍に?」
「あ、そうでした。私は元々リドルの養母だったんですよ。リドルが10歳の時から、私は27歳でしたから」

これで全ての謎は解けた。
ハリーは呆然としていた、釈然としないし、何よりも今までの苦労による怒りをどこにぶつければいいのかわからなかった。
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