Eva Regen
12歳の時に咲子と暮らし始めて10年が経過していると気づいたのは、リドルが魔法省で昇進したときのことだった。
リドルはもう22歳で、本来であれば咲子は40歳に差し掛かるくらいの年齢のはずだった。
しかし、咲子の姿はリドルの中の最も古い記憶と変わらない。

昇進をして、魔法省で行ける場所や閲覧できる書類、情報も増えた。
咲子が魔法使いでないことは確かだった、ではマグルとしての彼女はどういう経歴を持っているのか。
リドルは仕事の合間を縫って、咲子のことを調べ始めた。
結果として、様々な謎が出てきた。

「咲子、ごめん。いろいろ調べたんだけど、聞いてもいい?」

咲子はリドルが差し出した書類を一目見て、戦慄した。
書類には、マグルの世界で咲子の戸籍がないことを示す文面が記載されていた。
いつかはそうなると分かっていたことではあったが、いざ直面すると冷静ではいられない。
リドルと出会った時のような、驚きと恐怖。

咲子の顔色が変わったのを見たリドルは、立ち竦んでしまっている彼女を抱き寄せた。
触れられたくない部分に触れていることはよくわかっていた。

「年齢を調べようと思ったんだけどね、本当は。咲子、見た目がちっとも変わらないから」
「はは…まあ、そう、だよね…気付くよね、そりゃ…」
「誕生日を祝っても年齢の話、絶対しなかった。咲子の方が年上だしと思って。でも、あと5年すれば出会った時の咲子と同い年だ」
「ああ…そうだね、もうそんなに経ったんだ」

洗面所と玄関以外に鏡がないのも、咲子が出掛けたがらないのも、自分の姿を映し出すものを避けていたからだったのだろう。
鏡や他人の目を介すれば、咲子の姿が不変であることに気付くのは早かっただろう。
咲子はそれを分かっていて、避け続けた。
気付いてほしくないという心理があったのは明確だった。
しかし、リドルは早急に気づくことができてよかったと感じている。

小刻みに震える咲子をソファーに座らせて、リドルは彼女にキスをした。
安心させて、話させなくてはならない。

「僕だけ置いて行かれるのは嫌だからね。咲子だってそうだろう?」

リドルには悪い過去がある。
殆どの人間が知らないとはいえ、それなりに権力がある魔法使いに知れている過去が。
ダンブルドアは、未だにリドルを疑っている。
咲子が本当に不老不死だとして、リドルがそれに付いていくためには、彼を言い包める理由が必要だ。

理由を考えるにしても、外堀を埋めるにしても、時間が必要になる。
それを考えると、早急に咲子から事情を聞いて行動しないと自分が彼女よりも年上になってしまう。
リドルはいつまでも、咲子の年下でありたかった。
最初に出会った時のように、臆病で控えめな彼女がリドルといつまでも気楽に付き合っていけるように、年下の頼りになる旦那でありたかった。

「咲子、魔法使いは大抵の不思議な事態は受け入れられるものだよ」
「リドル、現実主義でしょ…?」
「現実に起こったことなんだろう?」
「信じるの?」
「咲子の言うことなら、もちろん。嘘をつくメリットはないと思ってるし」

咲子は嘘が苦手だ。
昔から自分の感情すらうまく隠しきれずに、泣きながら本音をぶちまけるような不器用な人だ。
メリットがどうというより、咲子の嘘くらいなら見抜く自信がリドルにはあった。
と言うより、咲子が嘘をつき通せるとは思えない。

目を伏せた咲子の固く結ばれた手を包み込んだ。
咲子すらも日常を過ごすにつれて忘れていた秘密は、彼女にとって忘れていたかったものだ。
忘れていたことを思い出した咲子は混乱していて、話ができる状態ではないのだろう。

「咲子、僕が調べたこと、聞いてくれる?」

咲子はうつむいたまま、力なく首を縦に振った。
リドルは調べた内容を、順を追って話した。

リドルは咲子が無戸籍であったことを知った後、いくつかの仮説を予め立てていた。
咲子には戸籍がなかった、生まれたことも両親のことも、ここ以外のどこかに住んでいたことも、生きていた形跡が残っていない。
残っていたのは、リドルと咲子が出会う少し前、彼女が無戸籍のままロンドン郊外の新聞社に勤めていたことくらいだった。

新聞社は2年前に倒産していたが、咲子が働いていた当時の人事担当を探し出すことができた。
その人に聞いたのは、彼女を採用した経緯と、その際の書類についてだった。
採用したのは、リドルが7歳の時…咲子とリドルが出会う3年前。
採用に至った経緯は、咲子が直接新聞社に赴いて日本語ができることを話して雇ってほしいと頼んだからだった。
選考や書類はなかった。
その当時、日本からの電文を読み解き、英訳できる人は重宝されていたからだ。
しかし、引越しの際は大変だったということを聞いた。
戸籍を持っていない咲子はアパートを借りることができないから、会社が彼女の代わりに名義人になったのだと言う。

そうだとしたら、咲子とリドルが最初に出会った、孤児院の近くのアパートは誰の名義になっていたのか。
咲子に戸籍がなかったことを考えると、少なくとも別の誰かがそこを借りているはずだ。
リドルの予想はあたり、そのアパートは咲子の名義ではなかった。

調べるともっと不思議なことが判明した。

「元々住んでいてたアパートの名義は、エヴァ・リージェン。純血の魔女で、学者だった。マグル生まれの咲子と関係があったとは思えない。…それから、エヴァ・リージェンは咲子が就職したその年に行方不明になってる」

エヴァ・リージェンは姿現しの原理を用いて、物質を移動させる研究をしていた。
また、失踪前後でタイムターナーのことについて調べ、タイムトラベルの研究をしていた形跡が残っていた。
彼女は、人間を過去や未来に一気に飛ばすことを実験していた。
タイムターナーで遡ることができるのは、せいぜい24時間以内だ。
彼女はそれを年間単位で遡ることができないか考えていたのである。

そのため、失踪については実験失敗の可能性があるという見解で、元々家から勘当されていたこともありそれ以上彼女の失踪について追及する者もなく、それだけで話が済んでしまっていた。

「だから」
「…ねえ、その人は今も行方不明なの?」

だからリドルは仮説として、咲子はエヴァ・リージェンによって別の時間軸から連れてこられた可能性を考えた。
そのことを伝える前に、咲子が顔を上げた。
顔色はまだ青いままだが、涙はもう引っ込んでいた。

エヴァ・リージェンのことが気になったらしい。
不信に思いながらも、リドルは答えた。

「いいや、見つかってる。アイルランドのコーク州で」
「死んでいた?」
「…何で知ってる?」

リドルは目を眇めて、咲子を見た。
咲子は更に顔色を悪くしている。

「その人は、何歳で死んだの?」
「27だ…ちょっと待ってくれ」
「私は27歳の姿から変わらない。アイルランドのコーク州に冬に行ったわ、旅行で。私、その人と、入れ違ったの?でも、おかしいの、だって、私にとって、ここは違う世界だって」

咲子は籍を切ったように言葉を並べ始めた。
誰かに伝えるためにではなくて、自分の中で整理するために思っていたことを口にしているだけのようだった。
しかし、咲子の発想は明らかに何かを掴んでいる。

彼女は彼女なりの仮説があってのことだろうことを、リドルは感じた。
それのことを聞こうとしても、咲子は止まらない。
そして、言葉の端の聞き捨てならないことを掴んだ。

「違う世界?」
「あ」
「…咲子、詳しく話してくれるね?明らかに、僕よりも話を知ってそうだ」

咲子はしまった、と言う顔をした。
この期に及んで隠し事とは豪胆なことだが、リドルだけで知り得そうにないことだ。

まだ混乱しているらしい咲子をソファーに置いて、リドルは一度キッチンに向かった。
話は長くなりそうだし、お茶とお菓子の準備をしてリラックスして話してもらった方がいい。
リドルは何も、咲子のことを追い詰めたいわけではない。
あくまで咲子と長く共に在るために必要なことだから、調べていることだ。
彼女に嫌われてしまうようではいけない。

ティーポットとマグカップ、それから少しのクッキーを持って、リドルはソファーに戻った。
咲子はまだ、ソファーの中で怯えたようにリドルを見上げていた。

「ゆっくりでいいから、話してほしいんだ。咲子のことが知りたい」

咲子はリドルの赤い瞳をみて、一度ゆっくりと目を閉じた。
少しだけそうしていたが、やがて目を開けて、しっかりとリドルを見据えた。

「エヴァ・リージェンの研究論文はある?」
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