Trios
会話がなくなってしまったなあ、と少し冷めた紅茶を飲んでいると、背後のドアがバンと開けられた。

「ハリー!あの人の奥さんを連れてきたって…!」
「ああ、うん。そこに」
「…?フツーの人だ」
「ロン!」

可愛らしい女の子の声に、私はぱっと振り向いた。
ふわふわの栗毛に、少し高めの身長…ハーマイオニー・グレンジャーだ。
またその隣には、赤毛にそばかすの背高のっぽのロン・ウィーズリー。

普通の人、といったロンにハーマイオニーが咎めるように叩いた。
とうとうこの3人に出会うことができた。
感動というよりも、月日の流れを感じる。

「ふふっ、まあそうね、私、普通のおばさんだわ」
「あなたはおばさんという歳でもないだろうに。せいぜいトンクスと同い年くらいだろう?」

3人からしてみれば、きっと私はどこにでもいるおばさんなのだろう。
ずっとリドルと一緒にいるから忘れているだけで。
ルーピン先生はフォローを入れてくれたけど、実際のところは、おばさんどころかおばあさんでもおかしくないレベルの年齢だから。

そんな風に思っていたが、ニンファドーラはふと気づいたらしい。

「え…ちょっと待って、リーマス。トム・リドルっていくつ?」
「さあ…あの人は謎の多い人でね。いつから執行部にいるのかもわからないくらいだ。姿は魔法でどうにでもなってしまうから」
「…トム・リドルは今年で70歳くらいだ。50年前に学校に通っていたんだから」
「え、騙されてるんじゃないの?この人」

さっきからロンはだいぶずけずけと物を言う。
確かに私の見た目からすれば、どう考えても騙されていると見えるだろう。
年齢を魔法で偽った魔法使いと、何も知らないマグルの20代。
なんて答えようかな、と思ったが、尋ねられたらカミングアウトされていると答えてしまった方がいいだろう。

苦笑いをしている私を哀れに思ったのか、ハーマイオニーがもう一度ロンの背中を叩き、わざとらしく咳をした。

「あなたは、魔法界に来たことがあるの?」
「2度だけ。リドルに駄々をこねて、ダイアゴン横丁に行ったのと、去年のクディッチのワールドカップを見に行ったの。とても素敵だったわ」

本当に一度だけ、魔法が見てみたいと我儘を言ったのだ。
リドルが卒業して、4年ほどが経ったくらいの頃だったと思う。
その頃、私とリドルは旅行に行くのにハマっていて、次はどこに行こうか、なんて話をされたときに魔法界に行きたいと話した。
ものすごく嫌がられたけれど、最終的に連れて行ってくれた。

リドルはつまらなそうだったけれど、私はとても楽しかったのを覚えている。
見たことのない形をした少し古びた機械だとか、動く植物だとか、至る所に張られた独特のポスターでさえ、とても面白かった。
去年のクディッチはリドルの職場のお偉いさんが奥様もぜひにということで連れて行ってもらった。
かなり秘密裏に連れて行かれた感があったっけ。

「魔法界に来たばかりのハリーみたいだ」
「…そうだね。ええと、咲子さん。あなたは、リドルのこと、どう思ってるんですか。今分かったことも色々あると思いますけど」

ハリーは複雑そうな顔をした。
彼はヴォルデモートを憎んでいるのだろうか。

リドルが普通に就職した時点で、私は私の知っているハリー・ポッターの世界にはならないだろと思っていた。
でも、リドルがやらなくても誰か他の人がヴォルデモートになる可能性はあった。
その可能性を軽んじていただけだ、関係ないと。

「まあ、リドルが色々隠そうとするのは昔からですし…でも私には嘘はつかないから」

確かにここ数十年、原作の話には決して触れてこなかった。
リドルもそれを避けていたように思う。
確かにリドルは秘密主義で、彼がこのホグワーツに通っていた時も私にはほとんど何も話さなかった。
それを不安に思ったこともあるが、結局彼は私の悪いようにはならないようにしてくれていた。

私はリドルに対して、良く言うのであれば全幅の信頼、悪く言えば何も考えていない。
ハリーにその話をしたら、きっと馬鹿だと思われるだろう。

「それだけ?」
「それだけ。でも悪いことはしてないはずですよ。そんな暇ないと思いますし。毎日、ほとんど同じ時間に家を出て、帰ってきて、夕食を一緒に食べてるし、一緒に寝るし。魔法で分身ができるなら分かりませんけど」

うーん、と首を傾げた私に、ニンファドーラが愛妻家なのね、とぼんやり呟いた。
間違いなくリドルは愛妻家だと思う、本当に私にはもったいない。

ハーマイオニーは分身できる術なんてないですよね、とルーピン先生に聞いている。
彼もそれはない、と苦笑した。
なんだか緊張感がなくなってきた。
ハリーははあ、とため息をついて、近くに会ったテーブルに腰かけていた。

「あの、もしよかったら、学校内を見てみたいのですが」
「それはいかんのお。ホグワーツもまた、秘密主義での」
「ダンブルドア!」

せっかくここに来たのだから、動く絵画や階段を実際に見てみたい。
だいぶ雰囲気も良くなったし、何より来てから数時間が経過していて飽きてきたから、ちょうどいいかなとも思ったが、それはできなかった。

やってきたのはダンブルドアだ。
豊かな白鬚を湛えたダンブルドアは何を考えているのかわからない目で、私を見ていた。
半月状の眼鏡の奥に隠れた、透き通るような青い瞳は、真っ直ぐで怖いくらいだ。
ルーピン先生が私の前の席から立って、ダンブルドアにそこを譲った。

「こんばんは、ミセス。ホグワーツへようこそ」
「こんばんは。あなたは…」
「ホグワーツの校長、アルバス・ダンブルドアじゃ」
「初めまして、咲子・リドルと言います」

アルバス・ダンブルドア。
原作ではハリーの一番の心の支えだったと思う。
そして、リドルが学生時代の時に最も彼を警戒していた教師だ。

彼が来たというのは、どういう了見だろう。
私に何か話があるのだろうか。

「トムはきてくれると思うかね?」
「え…?まあ、来るんじゃないでしょうか。いつまでも家に嫁がいないのは、あまり見聞が良くないでしょうし」

来てくれると思う、多分。
そろそろ仕事も終わる時間だし、家に帰って私がいなかったら…来るだろうか。
やましいことがなければ、迎えに来るだろう。
来なかったら、リドルを疑うことになってしまうのだろうか。
昔に彼を疑って苦しくなったのを思い出した、あんな思いはもう嫌だ。
できる限り、リドルを信じていたい。

ところでリドルは、私がどこにいるのかわかるんだろうか。
ちょっと不安になりながらも、何も言わないダンブルドアに向き合った。

「置手紙にどこに行くのか書くのを忘れちゃったので…ここってわからないかも」
「そこまでアホじゃない」
「あ、リドル。お帰りなさい」
「家で聞きたかったよ、それ。しかもまだ仕事と来た。残業だ」

きゃ、とハーマイオニーの短い悲鳴が聞こえた。
いつの間に、と誰しもが思っただろう、私も思った。
気が付いたらリドルはダンブルドアの背後に立っていた。
ホグワーツ内で姿現しはできないはずなので、普通に歩いてやってきたのだとは思うけど。

ダンブルドアだけは驚くことなく、ゆるりとリドルの方に向き直った。
彼はリドルを見ているようだけど、リドルは私の方を見て、怪訝そうに眉を歪めている。
どうやら彼の残業に私が加担したような状態らしい。

「なんで?」
「今の状況、魔法使いが一方的にマグルを魔法界に連れてきてる。咲子の書置きのお陰で誘拐までには発展してないけど、それでも魔法使いがマグルを魔法界に連れ去ったって時点でだいぶアウト。その尻拭いの残業だね」
「連れ去ったって、合意の上だけど…」
「咲子みたいに魔法があったら素敵って思っている、マグルのトム・リドルさんの奥さんが何も知らずにホグワーツに連れてこられたら大変なことだ」
「あー、そういうこと」

リドルという名前は珍しいが、トムは有り触れている。
もし万が一、私が魔法に憧れている本当に身内に魔法使いのいないただのマグルだったら。
その人が魔法界に連れてこられて、魔法を知って、それをマグルの中で広めたりしたら大変なことだ。

そうでしょう、ダンブルドア、とリドルは睨むように見た。
ダンブルドアは相変わらず何を考えているのか分からない。

「本当に私の嫁だったからいいものの、そうでなかったら大罪ですが?」
「トム、君はどうやってここに来たのかね?」
「理事に話は通しましたよ。咲子は返してもらいます…私に話があるなら直接魔法省でしたらいいでしょう。…帰るよ、咲子」

リドルは片時も私の手を離さない。
警戒しているらしい、ダンブルドアと仲が悪いからだろう。

睨みあったままのリドルとダンブルドア先生を交互に見た。
どうしたものかなあ、と考えながら空いた片手で紅茶のティーカップを手に取った。
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