One day
長い月日が流れたと思う。
大変だった戦争も終わって、イギリスは落ち着きと平穏を取り戻した。
移民が増えて一時的に治安が悪くなったこともあったし、EU参加の際には様々な意見が飛び交った。
今まで本の中で文字として連ねられていた歴史を、ある程度見たと思う。
気が付けば、1990年代になっていた。

私は結局何も変わらなかった。
リドルと一緒に暮らし始めて数年で、身体が成長…というよりも老いないことが判明し、色々と考察を重ねた結果、私は28歳以降、一切歳を取らず、今後どれだけ生きるかも不明ということだけが分かった。

その事実を知ってからのリドルの行動は早かった。
そもそも、私がこの世界に来た原因がとある研究熱心な魔女が引き起こした事故であるため、魔法省も絡めて戸籍を作り、特例として魔法省が身の保証をしてくれた。
その上で、保護者として(もともとは逆なのに、本当にそういった)配偶者であるリドルに不老不死の権限…つまりは賢者の石の利用を許可した。
彼にとってはそれが一番欲しかったものだと思う。

そんなこんなで70年近くの時間をリドルと一緒に過ごしてきた。
途中、色々あったけれど何とかやってくることができた。
相変わらずリドルは家で魔法を使おうとしないから、魔法やそちらの世界に関しては殆どノータッチだけど。
リドルがヴォルデモートにならない未来だから、そう悪くなっていないと思っていた。

「…ハリー・ポッター?」
「なんで僕を知っているんだ?」
「そりゃ、有名人ですし…」

いつも通り、昼下がりにガーデニングをしていると、少し汚れたスニーカーにジーンズ姿の青年に声を掛けられた。
屈んでいたから顔までは見えていなかった。
リドルさんですか?と言われたので、そうですが、と顔を上げたら、どこかで見たことがある顔だった。
そう、前の世界でこの世界を知るにあたった物語の主人公、ハリー・ポッターが立っていた。
その隣には、見覚えのない女性と薄汚れたニットを着た男性が立っている…こちらは覚えている、リーマス・ルーピン。

「…リドルさんで、間違いはないんですね」

うっかり名前を口にしてしまったがために、一気に怪しく見えたらしい。

ここはマグルの住む地域、ハワースの郊外だ。
リドルの妻の情報がどのように伝わっているのか不明であるため、口には気を付けた方がいいかもしれない。
穏やかそうな目元をしているルーピン先生(原作ではそうだったよね)が怪訝そうに私を見た。

どうしたものかと思ったけれど、生垣越しに話すのも難なので、とりあえず庭に入ってもらうことにした。
一応ここはマグルの住宅街で、ローブを羽織った3人の姿はちょっと目立つ。

「ええと、立ち話も難ですし、よかったら庭へどうぞ」
「…はい」

うわあ、すごく不服そう。
初動に失敗したようで、彼らの警戒心はマックスまで上がっているのだろう、玄関に繋がる腰丈の鍵付きの門を開いた時もものすごく見られた。
この家はあくまでマグル向けに作られたもので、リドルも魔法をかけるようなことはしていない。

リドルに家に客は入れるな、と口酸っぱく言われているので庭にだけ通した。
幸い、広い庭にはテーブルと椅子、それからベンチが設置されているからそこで話くらいはできる。
2つある椅子に私とハリーくんが、2人掛けのベンチにルーピン先生と女性が座った。

「あなたは、トム・リドルの妻で間違いありませんか」
「ありませんよ。咲子と言いますが…すみません、ハリー・ポッターくんは知っているのですけど、あなた方は?」
「すみません、申し遅れました。僕はリーマス・ルーピン。隣の彼女はニンファドーラ・トンクス。闇払い局のものです。魔法省はご存じで?」
「ええ。話には聞いてます。リドルの勤め先でしょう」

私の知っている物語とは全く違う物語になったこの世界では、リドルは現在魔法省の魔法執行部部長とかいうなかなか仰々しい肩書を持っているらしい。
決して家に仕事を持ってくることはないが、極稀に、仕事の愚痴を漏らすことがあって、その時に話を聞くことがあった。
魔法省の部署分けは良く知らないが、部長という名目上、それなりに高い地位にいると思っている。

閑話休題、問題は闇払い局が動いているということだ。
私のところへ来た理由はいまいちわからないが、闇払いが動くということは闇が蔓延っているということなのだろう。
そしてここにやってきて、私に声を掛けてきたくらいだ、多分、リドルが疑われている。

「あの、お茶、持ってきますね。長引きそうですし…」
「いえ、お構いなく」
「あ、はい」

あまり下手なことは言いたくないなあ、と思いながらもお茶を持ってこようと一度家に入ろうと思ったらやんわり止められた。
よく分からずに、浮かしかけた腰をもう一度椅子に落ち着かせた。

「失礼ですが、貴方は…マグル?」
「え?ああ、そうですが」

困惑した顔で声を掛けてきたのはニンファドーラ・トンクスという女性だった。
原作を何度も読んだとはいえ、70年も前のことだから、あまり有名でないキャラクターは覚えていない。
この人がどういった人なのか分からないが、軽く答えておいた。

答えて失敗したことに気づいた。
ハリー・ポッターを知っているマグルはそう多くない。
あ、いや、リドルから魔法界についてある程度知識を得ていたことにすればいいか。

「…マグル?本当に?」
「ええ。魔法は全くできません…残念ながら」
「どういうことだ?」
「ええと、どういう、とは?」

本当に残念だなあと思うことがある。
あまり見たことはないが、魔法がきっと便利で素敵なんだろうと思うし。
その話をすると、リドルからは夢を見すぎだと言われるけど、見たことがないものに期待してしまうのはしょうがないと思う。

さて、それはともかく。
この3人がどういった用件で私に会いに来たのかが未だ分からない。
困惑気味で話し合っている3人を眺めながら、どうしたらいいのか首をひねった。

「あの、」
「すみません。詳しく話を聞きたいので、一度僕たちと来てくれませんか」
「え?どこに…」
「ホグワーツという魔法学校です。今、魔法界は危機に面していますが…比較的安心なところですので、御心配には及びません」

はい、と即答しそうになるのをぐっと堪えた。
正直に言えば、一瞬迷わず答えそうになった。
ホグワーツ魔法学校、原作を読み、映画を見て、この世界にやってきて、とにかく行ってみたかった場所だ。

一応、ホグワーツにも行ってみたいと伝えたこともある。
ホグワーツだけは学生と教師のみしか入ることが許されていない、魔法省すらも干渉できない場所だと断られたのを覚えている。
そのホグワーツに合法で行けるとは美味しい、多分リドルには滅茶苦茶怒られるけど。

「ええと…リドルに聞かないと」
「すみませんが、それはできません」
「…あの人に私が勝手に家を出たなんて知ったら大変なことになります。せめて書置きだけでも」

ハリーはルーピン先生と少し顔を見合わせた。
ルーピン先生がどうぞ、とコートのポケットから紙とペンを取り出して渡してくれた。
少しごわついた、漉しの甘い紙だ…羊皮紙と呼ばれるものだろう。
ペンは流石にマグル製のものだったけど、紙だけでも十分珍しい。

私はそれに友達と出かけてきます、心配しないで、とだけ書いてみた。
絶対心配するとは思うけれど、ハリーたちについていくことを変に断るよりはいいのかもしれない。
というか、ホグワーツに行ってみたい、それだけだったりする。

「これで大丈夫です」
「ああ…はい、それではいきましょうか」

行きましょうか、と言われてルーピン先生に手を引かれた。
がさついた大きな手だ。

これって比較的安全とはいえ、誘拐だよなあとぼんやり思ったけれど、好奇心が勝った。
間違いなくリドルには叱られるし、大事になるだろうけれど、たまの冒険、許してくれたらいいと思いはしたけれど。
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