フェア・ルビー
クロロが女に入れ込んでいる、それを聞いた団員たちは目を丸くした。
彼は女をとっかえひっかえ、その時々に合わせて適当に見繕って遊ぶような男である。
その男がまさか、一目惚れなんて信じられない。

「あー…っと、で、誰?」
「イルミに姉がいたらしい。彼女だ」
「うわ、ゾルディックかよ」
「…もしかして、その顔、その人にやられたの?」

ああ、と恥ずかしげもなく答えたクロロに、シャルナークは呆れた。
この間、“宵闇の宴”と呼ばれるブラックパールでできたブレスレットを盗ってきた際に、顔を真っ赤に腫らしたクロロを見た時のことを思い出した。
比較的簡単な仕事だったので、クロロはパーティのみ参加し、戦闘はしていなかったのに酷い怪我だったので驚いた。

クロロが硬をしないわけがないので、硬をした状態でもかなりのダメージがある強い打撃だったのだろうと思ったが、何も言わないでおいたのだが、まさかその相手に一目惚れしていたなんて知る由もなかった。
しかも相手に惚れていて、その上、相手が有名な暗殺一家の長女なんて。

「あっぶねー女だな」
「いや、危ないどころの騒ぎじゃないって」
「危なくて悪かったわね。でも、ゾルディック相手に営業妨害なんてやる方が悪いと思うのだけど」

その場にいたシャルナークとノブナガは突然増えた気配に対し、即座に臨戦態勢を取った。
ここにいる3人はそれなりに鍛えられた能力者であり、その上で自分の能力の高さを自覚している熟練者である。
その彼らに気付かれずに部屋に侵入できる手練れ。

2人に緊張が走る中、クロロだけは即座に侵入者に近寄って膝をついた。

「こんばんは、ルイ。ようやく会えた」
「ええ、こんばんは、クロロ。会いたいなら私にそういえばよかったんじゃないのかしら?」

ルイの手を取って唇を寄せようとしたクロロを払って、彼女は優雅に微笑んでいた。
滑らかそうな白銀の髪は縺れ1つなく、黒曜石の瞳は細められるだけで笑っていない。
怒っている、目を見張るほどの麗人が怒っているのである。

怒りすらも美しく見えるのだから、なるほどクロロが惚れるわけだと2人は納得した。

「すまない、こちらの不手際で君の連絡先を聞きそびれてしまっていたから」
「貴方如きが私の手を煩わせないでくれる?」

不覚にも確かにこれはいいかも、と思ったシャルナークだったが、女の厚い唇から零れた言葉と美しい曲線美を保っている足に考えを改めた。
細身のパンツの先にある真っ赤なハイヒールが、クロロの革靴に刺さっていたからである。
真性のサディストなのか、と思ったが、彼女はゾルディック家の女である。
その辺りにいる女とは一線を画している。

シャルナークがルイに注目している最中、ノブナガはクロロの様子に注目していた。
基本的に人を従えることが得意なクロロがこうも従順な犬に成り下がるとは。
何がそうさせているのか、ノブナガにはちっともわからない。

「掛けるならそっちにしなさい、いいわね」
「…この番号は仕事用?」
「まさか。うちの仕事用の番号に猛攻して埋めたのは知っているのよ。仕事の邪魔されちゃ困るからプライベート用」

ゾルディック家では当然、仕事が最優先事項である。
そのため、連絡は一に仕事、二に家族であり、三と四はない。
プライベート用と言ったがルイは携帯を3台所有しており、そのうちの使っていない一回線をクロロ専用にしただけである。
出るかどうかで言えば、殆ど対応することはない。

ルイの生活は閉鎖的で基本が仕事、家族のみで構築されている。
そのため、それ以外のところに疎い部分がある。
例えば、自分に好意を抱いている相手にプライベート用の連絡先を与えるとどうなるか、想像がつかないとか。

「そうか、じゃあこっちに連絡するようにするよ」
「そうして頂戴。じゃあね」

嬉しそうに名刺を手にしたクロロに、シャルナークとノブナガは鳥肌が立つ思いだった。
一体何がどうなったらそんな顔ができるのか、彼らには理解ができない。
ルイもまた同じ思いではあったが表情に出すことはなく、クロロの靴の上に乗せていた足を退けて、窓の傍に戻った。
次の仕事もあるし、クロロのために時間を空けるのにも限界がある。

足への圧迫が無くなった瞬間に、クロロは反射的にルイに手を伸ばしていた。
まだ離すには惜しい。

「何?」
「もう行くのか」
「当り前。どこぞの盗賊と違って私は忙しいの」

窓の淵に腰を凭れたルイは触れられた手を振り払って、クロロを睨んだ。
クロロが幻影旅団の団長であることは事前調査で分かっていた。
イルミからも教えられた上で、それなりの実力があることも知っている。
プライベート用の番号を教えはしたが、極力関わり合いになりたくない相手である。

「次、いつなら会える?」
「それこそ、電話で聞いてきたらいかが?」

窓際、月を背にした女の姿は、そこに絵画が飾られているかのようであった。
面倒くさそうにそう答えたルイに、二度目の手を伸ばすことができなかったクロロは、ただ彼女の美しい白銀の髪が宵闇に揺れるのを見ているしかなかった。
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