君と居ると笑わずにいられない
名無しさんが携帯に手を伸ばす。
断ち切るべきだ、自らが勝手につなげた縁だけど。

「…、」
「…ちょっと待っててよ、あとでちゃんと面倒みてあげるわ…もしもし?ああ、うん、もう迎えにきて。逃がすから。私?適当に帰るからいいよ。1分以内に来てね?巻き込まれちゃうわ」

攻めようと思っているようだが、名無しさんがそれをさせない。
ぐるぐる巻きにしたピアノ線でぎゅっと強く縛る。
どうにか抜けだそうと暴れる橙を言葉と目でたしなめる。

ぴ、と携帯を切って、ポケットにしまおうかと迷って、曲識の方に投げ捨てた。
ふいに投げられた携帯を反射神経でなんと捕える。
その携帯は普段名無しさんが使っているもので、ところどころ傷が付いている。
可愛らしいぬいぐるみと、ビーズストラップのついたピンクの携帯。

「それ、持ってて」
「姉ちゃん!なぁ、なんか1人拾ったんだけどよーどうすんの?」
「一緒に連れてってあげなさい」
「ぎゃはは!姉ちゃん怪我だらけじゃん!なまってんじゃねぇの?家帰ったら僕が相手してやんよ!なんちって!!ぎゃはは!!」
「そう、それはありがたいわね」

言葉では軽く言うものの、名無しさんは小さく微笑む。
可愛らしい弟、出夢の頭を撫でて、よろしくね、と頼んだ。
その時に、橙は恨みがましそうに酷くもがく。

「げ、…なぁ、ねぇちゃん、流石にオーバーキルレッドは俺にゃ荷が重過ぎんぜ?」
「ああ、うん、いいわよそっちは。そっちじゃない方だけだから、逃げるの拒否してるのは」
「あっそ。じゃ楽勝じゃん。…つか、僕が聞くのもあれなんだけどよ、良いの?」
「…うん、いいよ。連れてって。そろそろ限界」
「名無しさん!」

名無しさんのそばから離れた出夢は、2人を見比べて少し笑顔をひきつらせる。
確かに出夢では赤の相手はつらいだろう。
だが、赤は降りる気満々みたいだったので、出夢が相手をする必要はない。
問題は曲識だけだった。

曲識は出夢に対して臨戦態勢に入ったようだが、長くは持たないだろう。
せめて楽に倒されてほしいものだ。

そして、そっちに気を向けすぎたのが、原因だと言えるだろう。

「げらげらげら!!!」
「っ!!出夢!!」

今までびくともしなかった糸が一気に切れた。
一気に切れた、というのはそのように見えただけだ。
橙は大人しくしているふりをして後ろ手で糸を徐々にちぎっていた。
名無しさんに気付かれないよう、ちぎった糸を片手で押えて、片手でちぎる。

普段の名無しさんなら気づくことだったが、他のことに気をまわしすぎた。

「やべっ!」
「っ!」
「げらげら!」

橙は最初から、1人しか狙っていなかった。
というより、その人以外狙えなかった。
最初から、橙の行動は制御されているのだから。
零崎を殲滅せよ、と。

橙は赤を振り払い、出夢をものともしない。
そこまで来てしまえば曲識に一直線だった。
ただ問題は速度だった。

「…、っはは、ああ、油断した…、違和感あったのに…、」
「名無しさんっ!?」
「ん、ああ、これはこれで…」
「姉ちゃんっ!んなのんきなこと言ってる場合じゃねぇだろ!止血!!」

糸がほどけた瞬間、反射的に名無しさんは動いていた。
そして、その次の瞬間には橙のすぐ後ろについていた。
その点では幼いころからの英才教育の賜物だと言えるだろう。

だが、止めるだけの力はない。
橙の前に立ちはだかって、壁になる程度しかできないのだ。
ぽすん、と曲識の胸のなかに頭を埋める形で、名無しさんは崩れ落ちる。

二発目は来なかった。
赤が橙をふっ飛ばし、応戦していた。

「そろそろ電池が切れるのかしらね…、」
「縁起でもないことを言うな!」
「私じゃないわよ…あっち、橙色の方…、」
「いいから止血しろよ!」
「…出夢、あなた最近人識くんに似てきたわね…」

名無しさんの言うように、橙の力は徐々に劣ってきているようだった。
るれろの精神力が限界なんだろう。
向こう側が引くのも目に見える。

「名無しさん、人識と知り合いなのか」
「…なぁ、すげーこいつマイペースだな」
「そうだね」

やたら楽しそうに、嬉しそうに名無しさんは答える。
曲識に身体を預けて、幸せそうに。

出夢が名無しさんの持っていたカバンから、医療用の糸を取り出して、荒っぽく縫う。

「いだ…、出夢、痛いんだけど…」
「痛い方が、死ぬ確率低くなんじゃん」
「…怒らないでよ」
「怒ってねぇから」

怒ってるじゃない、と楽しそうに笑う。
その姿は紛れもない名無しさんだった。
時折苦しそうに咳込むことが心配だ。
そのたびに、出夢がしゃべるな、といっても関係なさそうにしゃべり続ける。

背中の出血量は相当だろう。
それでも、名無しさんはのんきに話を続ける。

「ねぇ、出夢。私家に帰ったらなんていわれる?」
「何も言われねぇだろ。ただまた監禁生活だろーな」
「そっか。ならここで死んでも関係ないね」
「んなもん、関係あるだろ。僕、理澄もいねぇんだぜ?姉ちゃんに無くなったらマジ天涯孤独じゃんか」
「いいじゃない、その時は零崎に入れてもらいなさい。ほとんどあんたは零崎と言っても過言じゃないし。それに大好きな人識君もいるんでしょ?」
「冗談よせよ、マジで」

あいつとはそういう関係じゃねぇの、と変なところに突っ込みを入れる。

今まで戦わなかったおかげで、匂宮の監視の目を避けていたが。
だが、名無しさんはここで戦ってしまった。
名無しさんの戦い方は相手によっては非常に目立つ。
そこらじゅうに血のついた糸が散らばるのだから。

「家を出ることはできないのか?」
「二度目はないよ、どう考えても。運が良かっただけよ」
「入鹿と芥日は処分されちまったしな」
「薬の量も限られてたし」

苦笑しながら、そういう。

話の意味は全く分からない。
薬がどのような能力を持っていたのかもわからない。

縫い終わったのか、出夢が立ちあがった。

「んじゃ、車とってくんなー」
「よろしく」
「あ、やべ、全員乗んのかな…、1人何か牧場物語に出てきそうなやつもう乗ってんだよ」

曲識はその人物に心当たりがありすぎた。
牧場物語がゲームということは理解していなかったが、牧場で働いてそうなやつの心当たりは1人。
結局、今回、零崎は匂宮に助けられたことになるのだろう。

「乗れる乗れる。何とかなるよ」
「いや、まじ無理だろ…」
「いいのいいの。誰かが誰かの膝に乗ればいいでしょ」
「マジかよ…そんな光景見たくねぇ…」

出夢の言う通りだと、曲識も思った。
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