君といる時の自分
戦争、なのだそうだ。
小さな火種は、殺し名、呪い名どれもこれもを入り混ぜた戦争へとなった。
だが首謀者も、的確な敵も、何も分からないため混乱に陥っているのだ。
そのせいで匂宮も例外なく人員不足になっている。
名無しさんもてんてこ舞いになっていた。

「姉ちゃん!」
「なによ、出夢…いい加減あなたも仕事してよ…」
「えぇー、やだよ。それよりさ、遊びいかねぇ?」
「…なによ…」

少しの休みを見計らって、出夢はやたら名無しさんに絡む。
昔から面倒を見ているだけあって、可愛いと言えば可愛いが。

出夢から言わせてもらえば、名無しさんは昔とは全く違っていると言っていいと思っている。
13歳になった出夢はそのくらいの変化は簡単に見抜いている。
自分の物心ついた頃の名無しさんと、今の名無しさんが全くの別人のようになっていること。
というよりは、今まで身体の成長に心の成長が全くついてきていなかったが、ようやく心が成長してきているということ。
雰囲気が柔らかくなっているので、理澄も非常に取っ付きやすいようだ。

「零崎が戦ってるんだとよ。楽しそうじゃね?」
「…、ふぅん…、零崎」
「そそ。こっから出るのだと姉ちゃんの力が必要だしさぁ。な?行こうぜ!」

そして、出夢は名無しさんがやたら零崎に気を使っていることを知っている。
本家のエースである名無しさんの発言力は相当大きい。
このままいけば跡取りと呼ばれて名高いのだから当然ではあるが。
弟も妹も姉も兄もいない、独りっきりの状態でも、強いというのが名無しさんの強みだった。
弱さと強さを丁度良く持ちあわせている、のだそうだ。

なぜ、名無しさんが零崎にそんなに熱心なのかは、流石の出夢にも分らない。
13歳の出夢には恋愛の知識はなかった。

「…いいわ、分った」
「よっしゃ、そうこなくっちゃな!」
「理澄はちゃんとしておきなさいよ?」
「わかってる!」

名無しさんはもう一度パソコンと向き合い、キーボードを叩く。
何をどうやっているのか全く分からないが、どうもこの家の警報システムサーバーを弄っているらしい。
眼鏡をかけて、マウスには一切触れずに(出夢はキーボードを打つのが苦手だったから尊敬に値する行為だ。出夢はキーボードを強く叩きすぎて壊すことが多々ある。)3分ほど作業をした。
すべてが終わったのか、名無しさんは重い腰を上げる。

「はい、じゃあ行こうか」
「ぎゃはは!楽しみだな!」
「あまりはしゃがないように。あと、時間厳守ね。今日中に戻ってこれるようにしなくちゃ…」

出夢に言われるとおりに車を走らせて着いた場所は、山だった。
ただ中からはいくつかの面倒くさそうな気配を感じる。
なによりも、目に見えるものとして。

「…糸ね。こりゃ、曲弦師だわ」
「んんー、ま、全部避けりゃいいんじゃね?」
「そうね…誰と鉢会うことになるのやら…」
「こっから別行動な!時間近くなったら電話して!」
「はいはい…、あまり派手にやらないように」

名無しさんの最後の言葉の返事もせずに出夢は駆け出す。
無邪気に走ったように見えるが、名無しさんには分かっていた。
張り巡らされた糸の一本も動かさないように、それこそ、針の穴を縫うかのように。
そうして出夢が山に入って行ったことを知っていた。

そして、同じように名無しさんも山へ入りこむ。

「…あら、零崎の長兄さまはとんだ変態みたいね…」
「!…君かな?さっき、山に入り込んだ子猫ちゃんは」
「こねこ…本当に変態なのね…」

名無しさんの見つけたものは、女子中生を竹の先から助け出している零崎双識の姿だった。
だが、ばっちり分っている。
彼が女子中生のスカートを覗こうとしたその瞬間から見ていたから。
おいおい、と突っ込みそうになりながら、ただ鳥肌は立ったままで、名無しさんは双識に話しかける。
十二分に距離をとって、いつでも戦闘、もしくは逃走ができるようにして。

「うふふ…答えになってないなぁ」
「さっきの答え?あなたの間違いよ。私そんな強くないもの」

多分さっきの答えは、出夢だろう。
出夢は気配は隠しても、殺気を隠さない。
隠せ、といったところで無駄なので言わなかったのだ。
そのおかげでこの変態の変態レーダーに見つかったのだろう。

名無しさんは最初から殺気もなければ、気配もちゃんと隠した。

「うん、そうだろうね。こんなに近くにいたらすぐ分かってただろうし」
「でしょうね」
「じゃあ、質問を変えようか。君、何しに来たの?」
「手のかかる弟をあやしに来ているの…、ま、所謂、パシリ、もしくはアッシーね」

その答えに嘘はない。
間違いなく、名無しさんは出夢の足であり、良いように出夢に使われているのだから。
ただ、まあ別段大変なことでもないので断る気力のことを考えれば、パシリにされていた方がいいという考えだ。

「おや、気が合うね。私もそうなのだよ。お互い弟には苦労するね」
「馬も気も合わせたくないわ…、」

一応、同じ殺し名のトップとして調べてはある。
彼には弟がいて、それが名無しさんの弟と年が近いことくらい知っていた。
そして、一族での彼を取り巻く状況が、自分の周りの状況に非常に酷似していることも。

馬も気も合わせたくないが…どうも縁は合うらしい。
多分、また会うことになりそうだ。

「ああ、そうだ。折角だし自己紹介でもしておこうか」
「…それは結構よ」
「私は零崎双識、序列…はいいか」
「ええっと…子荻です、萩原子荻」
「…なんで女子中生まで…、もう、なんなの…、はぁ、匂宮皆無です」

匂宮の名に反応したのは双識だけではなかった。
なぜかその隣にいた女子中生までもだ。

そもそも、何で女子中生がこんなところにいるのだろう。
ここまで来るのに、車がなければこれないだろうし、こんな山にきて何をしていたのか。
謎すぎるし、不審すぎる。
現時点で別に危害を加えられるわけでもないだろう。
そう思って無視した。

「匂宮…!驚いたな、こんなところになんの用だったんだい?」
「だから、私は弟についてきただけよ、…弟に逆らえなくてね、最近」

完全な嘘だ。
別に名無しさんが嫌だと言い張れば、出夢は言うことを聞いただろう。
年功序列的にも、実力的にも、出夢は名無しさんに叶わないのだから。

面倒くさいのでそのあたりは割愛した。
警戒の念もある、女子中生が気になった、いやらしい意味ではなく。

「うんうん、分るよ、その気持ち」
「わかられるのも問題なんですけど…っと、そろそろ時間ね、お暇させてもらいます」
「おや、そうなのかい?残念だなぁ…」

時間がというのはいい訳だ。
本当に名無しさんはこの会話に意味をなしていない。
興味がない、彼以外の零崎には。

彼はここに来ていない。
それだけわかればいい。
何より彼はあまり一賊のことについて考えてはいないらしい。
もし、彼がここに来ていて困っているようなら助けるつもりだったが。

引っ掛かったのは、零崎の長兄の変態さん。
興味はない。
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