傍にいることを怖がらないで
日は珍しく名無しさんにとっての休みだった。
名無しさんはパソコンに向かって、相変わらずの無表情で画面を眺めていた。
背中に双子をぶら下げている。

「ねーちゃん、おれゲームしたい」
「だめ」
「ねーちゃん、はなふだしよー」
「だめ」

後ろのぶら下がった双子が懸命に名無しさんに気を引いてもらおうと、ぶらぶらぶらと揺する。
小さな兄妹はパソコンを覗く。

「なんだこれーつまんなーい」
「つまんなーい、だね!」
「はいはい」

画面には字のあるものばかり。
ゲームや動画を見たかった出夢と理澄は文句ばかりを言う。

「あ、ぴあーの」
「ぴあの、だろ」
「うん、ぴあーの」

伸ばす場所が違うのを出夢が指摘するが、理澄は分かっていないのか治らない。
名無しさんはその様子を見つつ、開いたページを見る。

それに映るのは、以前にパーティー会場でピアノを弾いていた少年。
名前は…多分偽名に値するのだろう。
別窓で開いたページの情報だと、彼の名前は“零崎曲識”。

零崎と言えば序列3位。
匂宮、闇口に次ぐ一族だが、敵に回さない方がいいともっぱら評判だ。
一賊の結束が強く、お互いを家族のように思っているという異色の殺し名。
名無しさんには理解できなかった。

「…出夢、理澄」
「なぁに?」
「んだよー、ゲームはぁ?」

背中からひょっこりと顔を出した2人に問う。
理澄は無邪気に、出夢は面倒くさそうに聞く。

「家族って、何だと思う?」
「んー?そうだねぇー」
「んなもんきまってんだろ」

「出夢兄ちゃん」
「理澄」

あ、あとねーちゃんもね。
2人とも同じように笑って答えるのだ。

だから、名無しさんは泣きそうになる。



名無しさんはある繁華街を歩いていた。
手には地図を持ち、ある目的場所にまっすぐ向かう。

柔らかに伸びた長い黒髪、大人っぽい化粧に、ミニスカートにハイカットブーツ、肩口の大きく空いたトップス。
冷静そうに、名無しさんは携帯と向き合ってメールをしているようだった。
メールの相手は今は弟。
内容は勝手に家を出て、ここまで来てしまったことに対する謝罪だった。
しかし、その事実は名無しさんを勇気づけるものとなり、名無しさんを歩かせる。
耳につけたピアスがゆらゆらと揺れた。

「…ここ、か」

ぱたん、と携帯を閉じて、地図を確認した。
その口元にはふんわりとした笑みが浮かんでいて、その姿は他人の目を引くほどに美しい。

「はじめまして、こんにちは」
「?…、ああ、従業員の」
「ええ、そうです」

微笑んで、名無しさんはそのバーを見渡す。
テーブルと椅子が4セットほど置かれている。
店の一番奥のステージに、店長と思しき青年が座っている。
黒いグランドピアノの前に座る青年は見覚えがありすぎた。

あの時、名無しさんを癒す音色を、旋律を出していた少年。
名無しさんは、忘れられなかった。
会ってみたくて、名無しさんは行動に出た。
もう憶することも恐怖することもない。

一歩を踏み出せる。
もう笑える、表情もある、感情もある。
きっと、もう、大丈夫。
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