僕とあいつのその後
雪が降った。
京都にも雪は降るが、ここまでではない。
朝から興奮した出夢に乱暴に起こされた名無しさんは、それを見ても最初は恨むばかりだった。

「悪かったって、姉ちゃん」
「ったくもう…出夢は骨ばってて痛いのよ…もっと食べなさい」

朝食をとりながら、名無しさんは文句を言う。
別にそこまで怒るようなことではないのだが、これも姉弟のスキンシップの1つだった。
黙々と食事するだけではおもしろくない。
もとより、食事を摂ることを面倒くさがる傾向にある出夢に食事をさせるための名無しさんのアイディアだった。

パンケーキを頬張りながら、出夢は他愛も落ちもないはなしをつづける。

「ん…人識いるんだっけ?」
「そう。出夢が行きたくないならいいけど…」
「いや、行く。久しぶりだしな」

ややあって、出夢と人識はまた複雑な関係にはまっているらしい。
お互いにあまり会うことも連絡を取ることもない。
だが、お互いに自然と庇い合ったりはしているらしい。

そんな関係でも、そんな距離でも、出夢が誰か他人のことを考えることは良いことだと名無しさんは思っている。
だから、逢わせていいものか悩んだのだが、本人がいいというのならいいのだろう。


「こんにちは」
「名無しさんさん!久しぶりです!!」
「花くん!本当に来たんだ…寿命が10年は減ったわね、きっと」
「冗談に聞こえないです…」

名無しさんを最初に出迎えたのは、蒼井花だった。
いつも通りのポロシャツにジーンズ、黒いエプロン。
可愛い感じの顔立ちに、優しいまなざし。
あまりかわっていないらしい。

すこし涙目なのは気のせいじゃないと思う。

「花、」
「あ、すいません曲識さん…」
「かはは、兄ちゃん本当に駄目だなぁ…って出夢じゃんか。よお。」

可哀想に、曲識よりも先に出迎えたのが悪かったのか、睨まれてすくむ花。
挙句に歳下の人識にも馬鹿にされ。
ここに何時に来たのかは知らないが、すで胃に穴があきそうだ。

後ろの出夢に気がついたのか、人識が挨拶をする。
出夢もすこし戸惑いながらだが、挨拶をした。

「よ、人識。お前こそよく死なずにいるよな」
「かはは、まぁな。何度かオーバーキルレッドに追われたもんだ…あんときは死を覚悟したっけなぁ」
「僕もオーバーキルレッドとは戦ったな…ありゃ反則だ」
「だよなぁ。俺らじゃ無理だって」
「らってなんだ、らって」

出夢はうまく人識と話せているようだ。
安心して、放っておける。

曲識と花に呼ばれて、店の奥に向かう。

「名無しさんさん、本当にやめちゃうんですか…」
「ごめんね、花くん。曲識さんもちゃんとほかの人も雇ってあげてくださいね?花くん過労死しちゃう」
「考えておこう」

考えておこう、とは言うものの、あまり興味はなさそうだ。
本当に花が過労死してしまいそうで名無しさんは心配なのだが。

花はおひとよしで、酷く空気を読みすぎる。
そして読みすぎて逆に空気を読めなくなっている。
名のあまり知れていないフリーの殺し屋だ。
かの、るれろとはなんだかつながりがあったらしく、あとあと曲識にやたら謝っていたらしい。

その花が、空気を呼んだのか席をはずした。
曲識が立ち、花と名無しさんが座っている状態だったのだが。
空気を呼んだのだろう、でなきゃこの殺し名だらけの空間でせめてもの知り合いのもとを離れる理由はなかった。

「…曲識さん、ピアノ弾いてくださいよ」
「悪くない、いいだろう」

昼間だが、出されているのは酒。
ここはバーなのだから酒が主流なのは納得だが。
もちろん子供3人にはジュースだ。
酒にはそれなりに強い名無しさんだが、雰囲気と心地よさから簡単に酔いが回ってきている。

ほんのり火照った頬で無邪気に微笑んで。
懐かしんでいるかのように、目を細めて。

ピアノの演奏が、そのあたりに漂い始めた。
あの時とはすこし違った音色。
音色も成長していることを名無しさんはよくしっていた。


「あれ、姉ちゃん寝てんじゃんか」
「おや…本当だ。トキ、毛布か何か持ってきた方がいいんじゃないかい?」
「ここじゃ難だ。二階で寝かせてやろう」


演奏が終わったころ、双識と出夢が気がついたようにいった。
出夢はいま気がついたのかもしれないが、双識はおそらくすこしまえから気がついていたが演奏を中断させるのが嫌で言わずにいたのだろう。
部屋には暖房がついているため、寒いことはないので大丈夫だとは思うが。
カウンターに突っ伏せて幸せそうに眠っている。

曲識が名無しさんを抱いて、二階へ連れて行く。
その後も、夜まで騒ぎは続いた。

「姉ちゃん寝ちまってるし、僕もここに泊まるから」
「マジで?部屋ねーよ」
「大丈夫だって!僕と人識が同じベットで寝りゃいいじゃん。前にベッドインするって約束したじゃんかよ!」
「してねぇよ!」

慌てて否定する人識だが、むしろそれすらもあやしく思える。
出夢はのりのりで、人識に擦り寄った。
必死に引き離そうとするがうまくいかない。

「ほら、あんときだよ、前に戦った時僕が約束したじゃん」
「してねぇって!おま、ごまかすなよ!」
「…人識くん、不純です…」
「人識、それはなぁ…」

何か汚いものを見る目で、双識と伊織は人識を見つめた。
伊織にならまだしも、双識にその眼で見られるのは非常に屈辱的だった。

「べロチューしないだけいいと思えよー」
「ちょ、何やってるんですか、人識くん!いくら男の子っぽいからって…!!」

出夢の中身は男だとしても、身体は22歳の女性。
とはいえ、まあ生活習慣の問題で、全く女らしい曲線はないが。
ただ胸のふくらみは若干あるので、女性であることは間違いがなかった。

「てめっ…!まじいい加減にしろよな!!」
「ぎゃははっ、人識顔真っ赤だぜ?うぶだなぁ」

楽しそうに出夢は笑う。
今まで不機嫌そうに起こっていた人識もころりとかわって笑い始める。
こんなのも悪くないと、思った。
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