傍らで眠る、温かな存在
車は4人乗り。
軽自動車なので、相当辛い。

「はぁ?あたしは助手席に座る」
「ちょっと待て!俺はどうなるんだ」
「後ろ行けよ」


すでに助手席で、シートベルト以上のもので縛られて座らされていた軋識は曲識を見て驚いた。
それは、逃げている最中に走っている軋識とは逆の方向へ走る、匂宮を見つけた時よりも、見つけられたと思ったらそのまま自分よりもよっぽど年下で、しかも小柄な女に担がれるという驚きよりも大きかった。

「トキ!」
「アス…無事そうで何よりだ」
「お前は、このっ馬鹿!!」
「その話は今度酒の魚肴にしよう」

軋識は赤に無理やり引きずり下ろされ、出夢に乱暴に後部座席に追いやられた。
そして、曲識の膝の上の者を、見た。

「おいおい、大丈夫っちゃ?その子」
「…心配ではあるがな…、普通に寝ているだけらしい。呼吸はしっかりしている」
「こんな中でよくそんな寝てられるっちゃな…」

車と、出夢の姿を確認したかと思えば、電池が切れたかのように眠ってしまったのだ。
気絶、ではないらしい。
のんきに、眠いから寝るね、なんて言った後のことだったのだから。

アスは大分落ち着いているのか、口調は元のふざけたものに戻っていた。

「おーい、姉ちゃんは丁重に扱えよ?あんま酷いことしたら僕がまとめて殺すぞ」
「…、なぁ、お前は車の免許持ってるっちゃ?」
「んにゃ、持ってねぇけど…。あ、だからって哀川潤に任せてみろ。地獄を見るぜ?多分」
「お前よりゃましだろ。あたしは免許持ってんぞ」
「…お前、愛車コブラなんだろ?普通の車でんなスピード出されたら死ぬからやめろ」

出夢の言うことはもっともだった。

コブラなら100キロ出そうが150キロ出そうが余裕だろう。
だが、この軽自動車では150キロだしたら危なすぎる。
ただでさえ、定員オーバーだというのに。

それならば、無免許でもまだ常識のある出夢に運転は任せた方がいいだろう。

「…アス、お前運転は」
「今できる状態じゃないっちゃ。まだあの匂宮に任せた方がいいっちゃな」
「悪くないな」

結局運転は出夢、助手席に哀川潤、後部座席に軋識と曲識、曲識の上に名無しさんという形に落ち着いた。
身じろぎ一つすることなく名無しさんは寝息をたてて眠っていた。
こうしてみると、細いラインの身体だ。
どんな生活をしていたのか、想像もつかなかった。
ちゃんと食べていたのだろうか。

「トキ、そいつたしか…匂宮の」
「アスは知っていたのか…、僕は知らずに普通の子だと思っていたんだが」
「…は?冗談ちゃ?」

潤と反応は同じで、むしろどこか呆れた様な感じだった。
もともとそのあたりには疎いと思ってたが、と言わんばかりいだ。

「匂宮皆無っていったら、超有名どこだっちゃ。レンいわく、やたら零崎を嗅ぎまわっていたみたいだっちゃが」

どうやらお前をずっと探していたようだっちゃな、とアスは言う。
曲識は滅多に表舞台に出ることもなく、ほとんどの戦闘から逃げていた。
だから表舞台で名無しさんが曲識に会うことなどほとんどなかったのだろう。
だから情報だけを集め、裏舞台で帳尻合わせをしていた。

「んー、その牧物の言う通りだぜ?お前本当に鈍感だよなぁ…、それ、完全に罪だよまじで」

運転をしつつ、出夢が話に参加する。
一応慎重に運転をしているようで、前を向いたままだが。

牧物?と首を傾げる曲識に、潤が牧場物語の略だと教え、牧場物語が何だかわからない曲識に、軋識が牧場の青年の格好に似ているから、とつけたした。
軋識の言ったことには知っていると突っ込んだ。

「姉ちゃんはずっとお前のこと探してたんだよ。それこそ僕がまだ殺しをしたことがないころからな。結構歳離れてるからしかたねぇんだろうけどよ」
「…そうだったのか」
「そ、お前が店を始めたのを見つけて、ようやくってかんじだったからなぁ」

曲識は改めて名無しさんを見た。
血はもう止まっている。
眠っている名無しさんの顔は、普段の大人っぽい雰囲気などではなく、どちらかと言えば幼く見えた。
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