夕闇に出会うことはない
セドリックの仕事は比較的に暇である。
父から譲り受けた仕事ではあるが、彼にとっては簡単すぎたのである。
その日も前日に殆どの職務を終えてしまっていて、時間を持て余していた。
そんなときにオリュンポスのマークがついた便箋を受け取ったセドリックは、返事を書きながら出掛ける準備を始めていた。

「やあ、リドル。名前さんは寝ているの?」
「寝てるよ。この時間に起きてられるわけないだろ。なんで来たんだ」
「心配だったからね」

リドルは突然やってきたセドリックを怪訝そうに睨んだ。
こうなることは想像ができたから、本当はセドリックにこの事態を伝えたくなかったのだ。
ただ、魔法省に毎日出入りしている知り合いは彼だけなので仕方なく手紙を送った。
忙しければいいのに、と思ったが手紙の返信がやたらに早かったので、諦めていた。

セドリックはジニーに一瞥もくれずに、奥のソファーで眠っている名前さんの傍に寄った。
リドルは苛々したが、自尊心がそれを表に出すのを許さなかった。

「何が心配だよ」

リドルはそう吐き捨てて、セドリックが変なことをしないように睨みを利かせながら、テーブルの上の物を片付け始めた。

リドルとセドリックの仲は悪い。
理由は簡単で、お互いに恋敵だからである。

「心配さ、名前さんの睡眠時間が削られるんだから。リドルじゃ何もできないだろうし」
「よく言う、お前だって何もできないだろ」
「それが、そうでもない。ジニー、アーサーさんにはうまく話を付けたから、ウィーズリー家に戻ろう」

セドリックは名前さんの寝顔を見て満足したようで、ジニーの隣についた。
そして、彼女の肩に手を置いてそう言ったのだ。

リドルは苦虫を噛み潰したような顔を隠すように、シンクに向かった。
生きている人間と、死んだ人間の大きな差を見せつけられた。
セドリックは今を生きていて、もともと彼の家はウィーズリー家との付き合いがある。
手紙を読んですぐに、適当な理由を付けてジニーを助けたことにしたのだろう。

「話を付けたって?」
「ノクターンにいるなんて言ったら卒倒してしまいそうだから、突然体調が悪くなって不安になって近所の僕に連絡したってことにしてるんだ。だから話を合わせてね」

腹立たしいことに、セドリックは賢い。
ジニーがノクターンに攫われたなどと話せば大事になる、名前さんに面倒をかけてしまうことを理解していた。
だから、適当な嘘をついて穏便に彼女を実家に帰すように事を運んだのである。

リドルは手を拭いて、セドリックに向き直った。
内に秘めた思いは手に取るようにわかる笑い顔だった。

「それは良かった。連れて帰ってあげてくれ」
「もちろん。そのために来たんだから。名前さんによろしく伝えてくれよ」

ジニーは2人のやり取りをハラハラしながら見ていた。
彼女は空気の読めない女ではない、2人の仲が悪くて、しかもそれを笑顔で隠してやり取りをしていることはよくわかった。
早いところ、自分がセドリックと一緒にこの場を去るべきなのだろうことは理解しているのだが、セドリックが動こうとしない。

リドルは穏やかな口調だが、さっさと帰れ、と言わんばかりである。
セドリックも負けじと名前さんの名前を出すあたり、一筋縄ではいかない。

「伝えなくて平気だよ、リドル。セドも仕事中なのにわざわざありがとう」
「名前さん、起きてたの?」
「うとうとしていただけだから」

鶴の一声だった。
笑顔で睨み合っていた2人はぱっと名前さんを見た。
ジニーは少し驚いたが、考えてみればああも悪戯されていれば目も覚めるだろう。
でも面倒だから寝たふりをしていたに違いなかった。

しかし、剣呑な雰囲気になってきたのでしょうがなく起きてきたのだろう。
名前さんだけはにこりともせずに淡々とセドリックに対応していた。
今日の話し合いの中で、名前さんが笑うことは一度たりともなかったから違和感はない。

「ジニー、今日のことは内密に。リドルのことは極力知られたくないから」
「分かったわ。なんだか害はないみたいだし」

リドルがオリュンポスのドアを開けてくれている。
ジニーは手短に名前さんに安心してもらえるように答えた。
どうせリドルがノクターンで園芸や料理をしながら名前さんとのんびり暮らしているなんて言っても、誰も信じやしないだろう。

ジニーはセドリックと共に、オリュンポスの外に出た。
ノクターンは昼近くになったというのに、朝と同じように静かだった。
太陽だけが煉瓦に反射して、湿った空気を生み出していた。

「リドルのこと、ありがと。身体に気をつけて。元気に生まれるように祈ってる」

名前さんはジニーのお腹にそっと手を乗せた。
まるで小さな子供が恐る恐る触るかのような姿で、ジニーは少し笑ってしまった。
きっと、彼女は妊婦になることはないのだろうとジニーは思った。

名前さんとリドルが肩を寄せて見送りをしている姿を眺めながら、ジニーは長い一日を振り返って、早くハリーに会いたいと思った。
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