何もない幸せ
「何だ、ジニー。ポッターは出張中なのか」
「え…?ええ、そうだけど」
「面倒だな…」

2階に引っ込んでいたリドルが面倒くさそうに眉を寄せながら戻ってきた。
リドルの言葉を聞いた名前さんは、ため息をついて杖を振った。
ミルクの他に、冷蔵庫の中にあったマフィンがテーブルに並ぶ。
名前さんは気だるげにチョコチップの散らばったマフィンに向けて、更に杖を振った。
テーブルの上には甘い香りが漂う、温め直しの魔法を掛けていたらしい。

ジニーは突然態度を変えた名前さんに驚きながらも、リドルの言葉に答えた。
彼女の夫であるハリーは、先日からアイルランドに出張中である。
実家に帰るか迷っていた時に、この事件に巻き込まれたのだ。

「迎えに来てもらおうと思ったけど、ウィーズリーもいないと来た」
「ハーマイオニーとは連絡着いた?」
「今してもらってる。たぶん実家だろうとのことだけど」

リドルは2階に上がって、魔法省勤めの協力者に連絡を取っていた。
早いところジニーを家に連れ帰ってもらうためだったのだが、どうやら早々に帰ってもらえそうにはなかった。

ジニーが狙われたということは、ハーマイオニーも狙われている可能性が高かった。
これでハーマイオニーも行方不明になっていたら、彼女を探しに行かなくてはならないだろう。
とにかく、魔法省との軋轢はこれ以上増やしたくないというのが名前さんの考えだった。

「名前さん、甘いものばかり食べない」
「重いものは無理」
「マフィンを軽いものと認識するのは違うだろ。スープを持ってくるから飲む。ジニーは何か食べた?」
「いや、まだだ」

ジニーの代わりにヴィヴィオが答えた。
彼女はヴィヴィオの家で出されたものに口を付けなかったのだ。

リドルはヴィヴィオにそう、と軽く返してキッチンへ向かった。
先ほどから彼は動いてばかりだ。

名前さんは時折欠伸をしながらマフィンを千切って口に運んでいる。
彼女の小さな手に収まるくらいの小さなマフィンは、徐々に小さくなっていた。
ミルクにマフィンなんて、甘えん坊の子どもの朝ごはんのような組み合わせだが、童顔の名前さんにはよく似合うような気がした。

「ヴィヴィオ、ここまで彼女を保護してくれてありがとう。奥さんが心配でしょう?ジニーはうちで見るから家に戻って大丈夫よ」
「そうか。いや、こちらこそありがとう。また何かあったら頼む」
「ええ、お気軽に」

マフィンを1つ平げた名前さんは、指についたチョコレートを拭きながらそう言った。

ヴィヴィオが途中からそわそわしだしたことに名前さんは気づいていた。
ヴィヴィオはノクターンの住民の中でも、居住歴が短い。
ジニーを放っておけなかったのは、その理由もあるだろうと名前さんは考えていた。
彼はノクターンの住民の中にはあまりない、助け合いの精神を持ち合わせている。

歴の短いノクターンの住民ほど、1人を恐れる。
魔法が使えないヴィヴィオは特にだ。

ヴィヴィオはチラリとジニーを見た。
彼女は置いて行かれることが不安なのか、大きなお腹の上で小さな手を握りしめていた。

「ジニー、嫌なのかもしれないけど迎えが来るまではここにいた方がいい。スクイブの俺じゃあ、何かあったときに君を守れないし、君のために妻を危険に晒すわけにはいかない。」

ジニーははっとしてヴィヴィオを見上げた。
先ほどリドルの魔法を使えるかという質問に、ヴィヴィオは使えないと答えた。
てっきり、杖を持っていないという意味かと思っていたが、彼は元々魔法を使えなかったのだ。

魔法が使えないヴィヴィオにとって、何かがあったときに身籠った妻を守ることは難しいのだ。
だから、“何もないように”慎重に過ごしてきたつもりだった。
ついジニーを拾ってしまったが、話を聞いているうちに、それが間違いであったことに気付いた。
魔法省を憎んでいる人はノクターンでは少なくない。
もしジニーを連れていく姿が目撃されていたら、と思うと不安になった。

「ここは安全だ、本当なら妻と一日中居たいくらいには安全だよ。君とリドルの間に何があったのかは知らないが、彼が君に危害を与えることはない。名前さんがいるからね」

本当は、妻をここに連れてきたいくらいだった。
カフェバー・オリュンポスはそれくらいに安全である。
守りの魔法は強く、以前にやってきたノクターンの荒くれ者も魔法省の乱暴な監査も、彼女の許可なく侵入することはできなかった。
その上、女店主の名前さんのことを気に入っている純血の家は非常に多く、身寄りのない彼女の後ろ盾として動いてくれている。

ジニーはリドルを恐れているようだったが、彼も皮肉屋で人を見下したようなところはあるものの、人に危害を加える姿は見たことがなかった。
料理や園芸が好きな見目麗しい青年で、名前さんの言うことは素直に受けるくらいに、彼女を溺愛している。

「ではね、ジニー。もう会うことはないだろう。身体に気をつけて」

ヴィヴィオは、もう二度とジニーと関わることはないだろう。
ノクターンでは魔法省と関係を持つことは基本的にいいように見られない。
ここで何事もなく過ごすためには、彼女との関係は断ち切らなければならない。
ヴィヴィオはジニーの返事を待たずに、オリュンポスのドアを閉めた。
prev next bkm
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -