雪柳の女
日当たり良好なワンルーム。
ベランダに繋がる窓を開けて、桟に背を凭れて本を読むのが好きだ。
だから天気のいい日には家の中にあるクッションをベランダに持ち込んで、外で使っていた。
それが、イタチにばれた。

「外用と中用は分けろってあれほど言ってるだろ」
「…細かっ」
「細かくない、普通だろ」

久し振りに1人で休みだからーとベランダで寛いでいたというのに、イタチが帰ってきた。
昨日、2日くらいの任務に行くと言って出て行ったのに、とシイナは心の中でごちた。
別にイタチと休みが被ってもいいのだが、まるで実家の母のごとく小言が煩い。

部屋の中にはクッションがいくつかあって、そのうちの何がどれ用というのが決まっている。
例えばテレビ前の薄緑色のクッションは猫用とか、ネイビーの丸いクッションがイタチ用だとか、その隣の辛子色のクッションがシイナ用だとか。
イタチは何かと物のすべてに役と意味を付けたがる。

「ええ…えーじゃあ窓際に置かせてよ」
「窓際はだめだ。洗濯物が干しづらい」

一方のシイナは、物に無頓着だ。
イタチ用だろうが自分用だろうが、あまり気にしない。
シイナにとっては、ネイビーだろうが辛子色だろうがクッションはクッションであり、そこにクッションがあったならそれを腰に当てる、という適当ぶりだった。

ちなみにシイナが今使っているクッションは来客用であり、来客のほとんどないこの家ではほぼ使われる予定のないものだ。

「分かったって、これは外用。…どこに置く?」
「そのまま置くな。籠に入れろ、籠に」
「はあい」

全くお母さんは煩いなあ、とボソッと呟いたシイナにイタチは、自分の娘がシイナみたいだったら嫌だと返してきた。
失礼だなあとシイナは思ったが、確かにな、とも思ったので何も言わないでおいた。

読みかけのページに指を突っ込んだままだった本を開き直し、文字を追った。
大して面白くもない本だが、読み始めたからには読み終えたい。
イタチは本を読み続けるシイナの姿を確認してから、玄関に近くにある風呂場に入った。

シイナとイタチの住むワンルームは狭く、本来であれば一人暮らし用と言われてもおかしくない。
風呂場の目の前が台所であることを見てもそれは伺えるし、何より台所がある場所から2歩進めば玄関だったりする。
それくらいに狭い部屋だから、ベランダにいるシイナの姿は台所からよく見えた。
黙々と面白くもなさそうなタイトルの本を読み進めているシイナに、イタチはため息をついた。

「…シイナ、俺がなんで帰ってきたのか分かってるか?」
「え、なんで?」

イタチに声を掛けられたので、シイナは本を閉じて彼を見上げた。
きょとんとした顔のシイナに、イタチは頭を抱えたくなった。
何のために自分は本来であれば2日掛かる任務を1日でこなし、大忙しで帰ってきたのか。
本来はシイナに驚いてもらって喜んでもらえればと思っていたが、冷静になってみれば、自分が付き合っている女はそんなに可愛い女じゃない。

仕方なく、イタチはカレンダーを指差して告げた。

「誕生日、シイナの」
「ん?…あー、ほんとだ」

今日はシイナの18歳の誕生日だ。
本人はすっかり忘れていたようだが、イタチはしっかり覚えていて、今日は絶対に休ませてくれと上司に頼んでいたが叶わず、何とかして半日でもと気合で帰ってきたのにこの仕打ちだ。

シイナは面倒くさがりでぼんやりしている上に、仕事柄、日付や曜日を気にすることもないため、よく日にちを間違えたりするが誕生日まで忘れているとは。

「なんかくれるの?」
「ストレートだな。用意はしてあるけど」
「やった。ケーキもある?」
「ある。甘露亭のフルーツミックス」
「おおー」

まあ嬉しそうなので良しとするか、とイタチは苦笑いした。
普段から気だるげで、表情の変化もあまりないシイナが声に出して喜ぶのは珍しい。
本を置いて手を叩いて喜んでいるから、テンションは低いがかなり嬉しいということは分かる。

シイナはもたもたと本を抱えて四つん這いで部屋の中に戻って、クッションを言われた通りテレビ横の籠の中に投げ入れた。
まだ夕方だが昼から何も食べていないシイナは、既に空腹だ。
ケーキ食べたい、と言い出したシイナにイタチはしょうがないな、とケーキを取り出す。

「ほんと、お前いい性格してるよ」
「うん、結構幸せ。ありがと」

イタチは、いいように使われてるなと思うこともある。
正直、シイナはマメな女ではないし、マイペースであまりイタチのペースには合わせないし、それで喧嘩することもある。
それでも結局、シイナが好きだからそれでいいかと思って終わるのだけど。
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