開幕は突然に
天井は高い、当たり前だが。
学校の屋上から下を見た時の感覚と似ている、臍の下あたりがヒヤッとする。
高いところは苦手と言うほどではないが、一般的な危機感は覚える。
今回はそれ以上に、真下に化け物がいるから余計に緊張する。

エリーゼは今、天空競技場の天井に着いているライトとライトの結合部分に座っている。
遥か下を明るく照らす大きなライトは酷く発熱していて、天井の温度は非常に高くなっている。
汗が視界の邪魔にならないよう巻いたヘアバンドが徐々に重くなっていく。
真下で、ヒソカとクロロが戦っている、エリーゼはクロロからの合図を待っていた。

「ヒソカ、お前は“レディと猫”を知っているか」
「…なんの話かな?」
「レディ・スカーレットの“レディと猫”だ、知ってるか」
「知ってるよ◆」

ヒソカは唐突な話題に不機嫌になった。
クロロと戦うことは、ヒソカにとって長らくの希望であった。
熟しきったクロロはヒソカの知り合いの中でもっとも戦って楽しそうな相手だった。
待つのは苦手でないヒソカだが、そのヒソカが待ちわびた衝突だった。

最中、ヒソカはクロロに自分だけに集中してほしいと思っていた。
まるで恋人が元カレの話をしてきたような気分だ。
ただ、愛すべきクロロの話だからとグッと堪えて返事をした。
“盗賊の極意”を片手に、クロロはヒソカに笑いかけた。

「お前が、デイジー、それから俺がレディ・スカーレット。さあ、開演だ」

レディ・スカーレット、不思議な旅人の魔女。
飄々とした魔女が子どもの世話をする童話の一種で、それなりに知名度がある物語だ。
ヒソカはそれを思い出しながら、クロロのものではない念に会場全体が包まれたのを感じた。

その瞬間、会場内に音楽が流れ始める。

「“なにこれ”」
「“不思議なことはどこにだって転がっているものだわ。ほらそこにも、あっちにも…ここにもね。”」

あっちにも、で実況者の肩に触れたクロロは、ここにも、でヒソカを指差した。
突然ヒソカを無視してやってきたクロロに怯え固まっていた実況者が叫んだ。

『な、何だこれはァ!?音響さん仕事してくれー!そんなものは居ないんだが!!』

レディ・スカーレットはミュージカル化されている。
ヒソカは嘗てサーカスで勤めていたころに、そのミュージカルをしたことがあったので内容はすべて把握していた。
今クロロが告げた言葉がそのミュージカルの三曲目のさわりの部分であることも知っている。

そして、ヒソカがうっかり漏らしてしまった“なにこれ”こそが、三曲目の始まりの言葉だった。
この曲は先ほど、クロロが『お前はデイジー』と言ったそのデイジーの台詞だ。
ちなみにデイジーは犬であるが、この曲では魔法をかけられて人の言葉を喋れるようになっているという設定がある。

「レディ・スカーレットの“不思議な猫”

そう、三曲目の題名は“不思議な猫”
猫に化けた魔女のレディ・スカーレットが飼い犬であるデイジーに魔法を掛けて、喋れるようにして兄妹を驚かせる場面だ。
クロロが話しているシナリオの内容は理解はできるが、何が起こっているのかは全く分からない。

目の前でオクターブ下げた一曲を歌い始めたクロロに困惑も込めて攻撃するぐらいしかやることがなかった。
蜘蛛の団員の誰かの能力だとしたら、歌っている最中はもちろん、その後もクロロがこの事態について説明するわけがない。
今一度、この能力者を見つけて止めるしかない。

ただ、蜘蛛の団員であったヒソカは、ある程度の団員の能力は知っている。
隠していたとしても、こんな大掛かりな能力を持っていそうな能力者はいなかったはずだ。
団員以外の可能性もある、ともかく能力者を見つけて殺さなければ。

『なんということだ!どうしてこうなったァ!?ヒソカも困惑しているぞ!』

本当にそうだ。
身体が震えるような楽しい戦いをと思っていたが、こんなふざけた道化のような楽しさなんていらない。
ヒソカは観客席に視線をやった。

術者は、どこだ。

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