めでたし、めでたし
ヒソカが2段構えの罠に引っかかったのを祝って、エリーゼはクロロとシャンパンを開けた。

「お前、相手を油断させる天才だろ」
「弱いんだから弱いように見せないとダメだしねえ」
「そういうとこ、尊敬に値するな」

エリーゼの部屋にはテレビがない。
そのため、エリーゼの携帯でその映像を見ていた。
それは、ヒソカの目に映っている光景と、聞こえている会話だ。

エリーゼの“彼女のための喜歌劇<コミック・オペラ>”は特別な条件下で発動する能力であり、普段の能力は別にある。
しかし、普段の能力も“彼女のための喜歌劇<コミック・オペラ>”に依存した能力で、実は“彼女のための喜歌劇<コミック・オペラ>”を行わないことにはエリーゼの念能力は一切発動しない。
かなり面倒な能力ではあるが、それはそれでいい制約になってくれているのだ。

閑話休題、ともかくエリーゼにはもう一つの能力“さらば、自由<グッバイ・キャラクタ>”というものがある。
これは“彼女のための喜歌劇<コミック・オペラ>”で役者になった人間が体験したことを見聞きできるという盗聴と盗撮の両方を搭載した便利な能力である。
発動したその時から遡って3日ほどまでは見ることができるというなかなか便利な録画機能付きだ。

エリーゼとクロロが見ているのは丁度昨日のヒソカの行動だった。

『ってことでイルミ、旅団の誰か殺してくれない?
『ヤダ、割に合わないし』

普段、エリーゼとクロロはシャンパンを飲まない、甘いからだ。
でも今日は何となくシャンパンだということで2人の意見がまとまった。
地下の防音室の隣にはティティヴァールの拵えたワインセラーがあり、彼に許可を取って多少もらうことがある。
ただ今日はその中のどれもピンと来なかった。
どうしたものかと店に戻って、買い物帰りのヴィヴィアンが持っていたピンク色のボトルに目が留まったのだ。

「…珍しいわね」
「私もそう思うよ。でもこれだね、クロロ」
「ああ、それだな。貰っても?」
「いいわよ」

そんなこんなで、今日のアルコールはシャンパン・ロゼだった。
閑話休題、つまみのクラッカーにクリームチーズを乗っけて、エリーゼとクロロは携帯を見つめた。

画面の中でヒソカとイルミがどこかのバーで食事をしていた。
どうやら呼び出したのはヒソカのようで、イルミは面倒くさそうに話をしていた。
イルミ・ゾルディックは以前ヒソカと付き合いがあることが発覚した一流の暗殺者である。
彼の父親とクロロは2度会ったことがあったが、できれば3度目はない方がいいと思っていた。

『受けてよ。この間僕、君の仕事手伝ったじゃない
『ちゃんと報酬は渡したでしょ。それにヒソカ、邪魔もしてくれてたし』
『ひどいなあ

空っぽになったフルートグラスにロゼを注ぐ。
弾けた炭酸が指に当たるのを感じながら、エリーゼはグラスの口に指を這わせた。
携帯の画面だと小さすぎて、クロロと肩を押し合いながら画面を見ることになる。
昔、内容が気になりすぎて彼の手の中にある本を読んだことがある。
その時よりも、ずっと狭い。

ヒソカとイルミは延々とやって、やらない、を繰り返している。
エリーゼは飽きてきて、クラッカーをもう1つ開けた。

「太るぞ」
「ちょっとぐらい良くない?」
「太ったっていって俺までデザート抜きにされたらたまったもんじゃない」

早送りできないのか、と怪訝そうに携帯を弄り始めたクロロを無視して、エリーゼはクラッカーにたっぷりのブルーチーズを乗せ、その上からメイプルシロップを掛けた。
そのクラッカーをクロロの口に突っ込んで、エリーゼは彼から携帯を奪った。
エリーゼの能力はどうでもいいところに凝っている、早送りくらいならできるのである。

「あっま…シロップ掛けすぎ。ロゼが台無しだな」
「文句しか言えないの?」
「俺は思ったことを言ってるだけだな」
「サイテー」

早送りをして止めたところが、肝心なところだ。
元々録画と同じように早送りも撒き戻しもできるため、前もってエリーゼは肝心な部分を確認してからクロロを呼んでいた。

フルートグラスに唇を付けたまま、エリーゼはクロロに見やすいように携帯を彼の方に向けた。
濡れた唇が、ここ、とアルコールの匂いがする空気を震わせる。

『…しつこいから言うけど。アーデルの人間の敵には回らないって決めてる』
『どうして?』
『アーデルに一人、うちの元執事頭がいてさ。親父が気に入ってるんだよ。俺、親父を敵に回したくないし』

エリーゼは元々、ゾルディック家から狙われることはないだろうと考えていた。
クロロから聞いた限りで、ヒソカが依頼できる相手でクロロやその他旅団のメンバーを殺すことができる人間は、イルミ・ゾルディックくらいだ。
ヒソカはその派手な見た目とは裏腹に人間関係はかなり狭く、彼くらいしか頼める相手は居そうになかった。
だからエリーゼは、“彼女のための喜歌劇<コミック・オペラ>”で何とかなるだろうと思ったのだ。

アーデルには古株の店員が3人いる。
創設者である店長サヴァ、キッチン担当ティティヴァール、そしてフロア担当ダラス。
そのダラスが元ゾルディック家の執事頭であることをエリーゼが知ったのは偶然だった。
そして彼が未だにゾルディック家の人と繋がっていることを知ったのもまた、幸運な偶然だった。

「というわけで、ヒソカは当分大人しいと思うよ」
「エリーゼ、お前、ほんとにいい女だな」
「わあ、クロロ、現金」

エリーゼは特に何もしていない。
全ては環境とエリーゼの持ちうる運が良かっただけとも言える
ただ、クロロは心の隅でひそかに信じていることがある、エリーゼは幸運を引き寄せやすいと。
それはクロロの憶測と直感だけが根拠であるが、間違ってはいないと感じている。
流星街での出会いも、エリーゼが生き延びたことも、アーデルに住み込むことになったことも。
類稀に見る幸運である。

ふざけて笑うエリーゼの唇にじゃれるように唇を合わせると、エリーゼは細い腕をクロロの腰に回した。
この幸運を誰にも渡してたまるものか。

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