コミック・オペラの秘密
“彼女のための喜歌劇<コミック・オペラ>”はかなり特殊な能力と言えるだろう。
ただ、音楽が好きなエリーゼらしい能力ではあった。

「“彼女のための喜歌劇<コミック・オペラ>”は、現実にいる人間を役者にする能力。物語の役によって序列があって、序列の下から上には決して攻撃することを許されていない。念の解除は私でもできない。私が死んでもそのまま」

そして、非常に分かりやすい能力だった。
発動条件が厳しいのも納得のいく面倒な念だ。

除念すればどうにか、とヒソカは考えたが、それも難しいような気がした。
この念が役者全員に掛かっているとすると、ヒソカ1人抜けることができるのかは誰にも分からないし、抜けることができたとしても全員の念が解除されるのですぐに気づかれる。

「ちなみに今回の“レディ・スカーレット”の序列は?」
「ヒソカが思ってる通りだと思うけど…だって“デイジー”は犬だし」
「…“イージェン”以下?」
「うん。“イージェン”は“レディ・スカーレット”の特別な相棒だから」

ヒソカは“レディ・スカーレット”に出てくるキャラクターの全員と、そのキャラクターの役を誰がやっていたのかを戦闘の中で把握していた。
その人数が蜘蛛の全員を集めても足りないことも、その分、その場で付け足しをしていたことも分かっていた。
エリーゼの話を聞くと、非常に厄介なことをされたことに気づいた。

「“デイジー”は序列が一番下?」
「うん」

何でもないことの様に平気で頷いたエリーゼを殴ろうとしたが、全方向からストップが入った。
エリーゼは驚いた顔をしているだけであるが、隣のクロロは強い殺気を込めてきたし、店に流れていた曲がぴたっと止まった。
その上、驚いたことに音楽が止まった瞬間に、ヒソカの身体の自由が利かなくなった。

まるで唐突に糸を切られたかのように、振り上げた拳はガン、と机に落下した。
落下したという言葉がぴったり合うくらいに、生き物の動きではない動きをした。
ヒソカは殺気をピアニストに向ける、彼の鳴らしていたピアノが止まった瞬間に、身体の自由が利かなくなったのを理解していた。

「ヒソカ、“利用規約”は絶対。追い出されなかっただけいいと思った方がいいよ」

エリーゼは紅茶を飲みながら、そう言った。
彼女は先ほどから立ち上がりもしないで、優雅に紅茶を飲み、ケーキを突いていた。

エリーゼは、クロロがヒソカを連れてくると聞いた瞬間に、ヒソカと言う相手のことをシャルナークに聞いた。
聞いて、クロロがここに連れてくるという意味を察した。
準備のために、サヴァを含め、今日の店員全員に今日の話し合いのこと、それから何かしらの乱闘が怒る可能性があることを伝えておいた。
だから、今日は特別な貸切で、クロロたちと一緒にやってきたお客様は常連の医者である。
彼は事情を知った上で、怪我人が出ると大変だと駆けつけてくれた。

エリーゼはぼんやりとしているが、他人に迷惑を掛けそうなことがあったときは瞬時に動く。
適当にやっているのは自分のことだけである。

「ヒソカ、お茶のお代わりは?」
「…頂くよ◆」

ピアノの音色が響くと同時に、ヒソカの身体に自由が戻った。
ピアニストは自分の世界に戻ったのか、目を瞑って美しい音色を奏で続ける。
ついでに手が余ったらしい店員がフルートの音色を乗せ、更に優雅な時間が流れていく。
クロロが楽しそうに笑っているのがヒソカの癇に障ったが、それを表に出すのも癪で、笑顔で紅茶を手に取った。

「エリーゼ。これって途中で役を外したりできる?」
「無理」
「じゃあどうしたらいいのさ、僕は
「“じゃれつく”くらいは許されるよ、多分」

“じゃれつく”のレベルにもよるが、殺しは許されない。
つまりはヒソカから序列が上の人間に何かすることはできない。

ヒソカは“彼女のための喜歌劇<コミック・オペラ>”の解除方法が気になった。
エリーゼは“自分では外せない”と言った、“自分が死んでも外れないだろう”とも。
そして彼女には、役が振り分けられていない。

「エリーゼは、“脚本家”?」
「そうだよ」

エリーゼはモンブランの下の固いタルト生地を切り分けながら、答えた。
クロロが少し表情を曇らせたのを、ヒソカは見逃さなかった。

クロロもまた、ヒソカと同じようにエリーゼの能力の全体を理解していない。
だから彼もエリーゼとヒソカのやり取りの中で、彼女の能力を探っている。
ヒソカもクロロも気が付いた、エリーゼには役がなく、ミュージカルを止めることはできない。
では、その逆はどうなる。

ミュージカルの役が欠けると、物語として成り立たない。
つまり、役者を殺せば“彼女のための喜歌劇<コミック・オペラ>”も終わる可能性が高い。
ヒソカは役を持った人間に手を出すことができない、しかし、役が欠ければ念は終了する。

「じゃあ、僕が誰かに役者を殺すように頼めばそれでいいってわけだ◆」
「まあ、そうなんだよね。頑張れクロロ」
「お前本当に酷いな…!先に言えよ、それ!」

クロロは久しぶりに素でキレた。
何という落とし穴、しかも穴が大きすぎる、大きすぎて穴と気づかないくらいに。

エリーゼがクロロからヒソカのことについて相談を受けた時に“彼女のための喜歌劇<コミック・オペラ>”を進めたのには理由がある。
クロロだけを守るなら色々な方法があるが、クロロを釣り出すためにヒソカが蜘蛛のメンバーに手出す可能性が高かった。
エリーゼとしては蜘蛛のメンバーが欠けることがとにかく嫌で、全員が助かる方法を勧めたいと考えていた。

無論、クロロもヒソカの行動についてはある程度想定していた。
そしてエリーゼが蜘蛛のメンバーが欠けることを嫌がっていることも。
以前、パクノダが死んだときのことを思い出して、クロロは気が重くなったのだ。
ヒソカとの衝突は避けられない、避けられないが犠牲は出したくなかった。
クロロの力だけでは誰かしらの犠牲があってもおかしくない。
だからエリーゼに相談したのだ。

エリーゼは昔からクロロ以上に慎重だ。
それはエリーゼに力がないから臆病であり、危険に関しての回避能力が高い。
戦わないことに関していえば、エリーゼはクロロの知りえる中で最も素晴らしい。
だからこそ、エリーゼの話を信じたわけだ。

「まあ、なるようになるって」
「面白いね、君

エリーゼはわざわざ避けていたマロングラッセを最後に頬張った。
“彼女のための喜歌劇<コミック・オペラ>”はエリーゼのための念能力である。
友達の下手くそな歌を聞くのも楽しいし、見つからないようにこっそりとミュージカルを続けるのも好きだった。
エリーゼは自らに降りかかる危険は嫌いだが、スリルを求める心や遊び心はある。
安全地帯で見て遊ぶのは好きだった、だからこそ、エリーゼは“脚本家”の位置にいる。

無論、それでは能力としてイマイチなのはよくわかっている。
ただし、エリーゼはきちんとクロロに言われたことを守っている。

「話はこれでおしまい?」
「俺は言いたいことが沢山あるけど」

不服そうなクロロに苦笑いを零しながら、エリーゼは席を立った。
この話をすればクロロが不機嫌になるのは分かっていたこと。
エリーゼは馬鹿ではない。

カウンターの中に入って、冷蔵庫で冷やしていたシルバーのカップを3つ手に取った。
それを可愛らしいデイジーの描かれた平皿にひっくり返して乗せて、生クリームとカクテルに載せるためのチェリーを添える。

テーブルにプリンが運ばれて来るや否や、クロロはたくさんあった言いたいことを全て飲みこんだ。

「今話す?」
「…また今度な」
「それがいいね」

プリン・ア・ラ・モードは偉大だ、こんなに可愛い見た目で不機嫌なクロロをなだめる能力がある。
一連の流れを面白そうに見ていたヒソカが可笑しそうに笑って、その場はそれで終わった。

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