脚本家挨拶
ヒソカが異変に気が付いたのは、クロロとの戦闘をやりなおそうとしたその時だった。

それまで、不思議なミュージカルが終わった後も何も起こらなかった。
だから、ヒソカは今の念の儀式が何だったのかをいったん考えるのをやめて、エリーゼを観客席に戻した後のクロロにバンジーガムを付けようとしたのだ。
しかし、バンジーガムは弾かれ、付けることができなかった。
全く無防備なクロロに対しての攻撃だったのにも関わらず、だ。

その後も何度かクロロへの攻撃を試したが、念を使った攻撃も、そうでない攻撃も一切クロロに通らなくなっていた。
他の団員に対しても同じだったが、不意打ちで攻撃されたマチは目を丸くしていた。
彼女自身、ヒソカからの不意打ちに気づくのが遅れ、避けられないと分かっていたにもかかわらず、攻撃が通らなかったことに驚いていたのだ。
クロロは驚いている2人に、アイツの念は中々強いな、とお道化て言ったのだ。

そこでようやくヒソカは掛けられた念の面倒くささに気が付いた。
クロロ以外の団員にも攻撃が通らない上に、念の詳細が分からない、しかもそのころには女の気配もなかった。
クロロはマチに問い詰められているし(彼女の念の詳細を誰も知らないままに行ったらしい)クロロすらも発動条件しか聞いていないと来た。

「クロロ、アンタ馬鹿じゃないの?」
「エリーゼがやるって言ったんだ。乗るしかないだろ」
「ほんっと馬鹿。馬鹿すぎて何も言えない。シャル、アンタ聞いてないの?」
「俺もこれやるって聞いたのクロロからだし、知らないよ」

場に残されたマチ、シャルナークがクロロを詰っている際に、女を送り届けたらしいノブナガとフィンクスが帰ってきて、事情を知るや否や呆れ顔になった。
クロロは一貫して、まああいつのことだから大丈夫だろうと適当なことを言うばかりで、結局団員の誰も彼女の能力の詳細が分かっていなかった。

ただし、誰一人として女の念を恐れることはなかったし、クロロの根拠のない大丈夫を否定することもなかった。

「エリーゼから本当に何も聞いてないの?クロロ」
「念の発動条件は聞いた。それから、発動した後はヒソカから誰も攻撃されることはなくなる、とも聞いている」
「ざっくりしすぎ。発動条件は俺たちも聞いてたからいいけど、発動後の内容適当すぎでしょ」
「ああ。ただエリーゼが嘘を言ったことがあったか?」
「ないけどさ」

術者であるエリーゼと言う女は団員から一目置かれた存在らしいことをヒソカは理解した。
エリーゼと言う団員は少なくとも、ヒソカが在団していたころにはいなかった人間だ。
そしてクロロが変に特別視している相手であることも理解した。
これ以上、ここで話をしていても仕方がない。

「とりあえず、僕にも彼女を紹介してくれないかい?」

ヒソカもその状態に呆れ、とりあえず女の元に案内するように言ったのである。


そんなやり取りが1週間ほど前にあって、エリーゼからのクロロと一緒なら会ってもいいという許可を得て、今に至る。
ヒソカは目の前に座る、困り顔のエリーゼをじっと観察した。
顔は悪くない、美女というわけではないが素朴な美しさを持ち合わせているような気がした。

「もう知ってるかと思い込んでたよ…」
「馬鹿言うなよ。俺、あの時初めてエリーゼの能力聞いたんだから」
「そりゃ、そうなんだけど…なんか話した気になってた」

苦笑いしながらクロロと話している様子は、本当に良く知っている幼馴染のようだった。
間違いなく2人は幼馴染同士なのだが、幼馴染という単語がクロロには恐ろしく似合わなかった。
ただこうしてみると、本当に同い年くらいの幼馴染が話しているように見えた。

エリーゼの方は大体クロロと同い年か少し年下くらいに見える。
穏やかそうな笑みを湛え、のんびりとした口振りだ。
蜘蛛の刺青は似合わなさそうな女だ。

「えっと、ヒソカさん」
「ヒソカでいいよ
「あ、はい。えっと、とりあえず私の念のお話をしますね」
「敬語もいらない
「え、うん…わかった」

とりあえず、念の話ね、と困ったように笑うエリーゼは人によってはうっとおしく感じるくらいに愚直で素直だ。
ヒソカは別にそういうところは嫌いじゃないので、放っている。

「ちょっと待て、エリーゼ。お前、ペラペラと自分の能力を話すな」
「え、いや…」
「なんで普通に話そうとしてる?」
「なんでクロロはヒソカを私のところに連れてきたの?」

エリーゼがさも当たり前のように自分の念の話をしようとしているので、クロロが止めた。
もともと念能力者にとって自分の能力を知られることは致命傷になる。
話すとしてもある程度のことは隠して話すものだ。

しかしエリーゼの平気ですべて話してしまいそうな雰囲気をクロロは瞬時に察した。
エリーゼは馬鹿ではないが、阿呆である。
頭は悪くないのに、想像力がないが故に物事を楽観視しがちで、警戒心に欠ける。
クロロは彼女との長い付き合いでその傾向をよく知っていた。
今回クロロがヒソカをここに連れてきたのは、彼が煩く付きまとうからに他ならない。
エリーゼに会わせてうまく躱せればと思ったのだ。
しかしエリーゼはその空気を全く読まなかった。

「でもほぼ一度きりの能力だからなあ…知られてもどうってことないよ。もうあんな目に合うのは御免だし…」
「お前なあ…」

エリーゼがこの間、初めて使った“彼女のための喜歌劇<コミック・オペラ>”は一度掛けたら、二度目はほぼない能力だ。
クロロはエリーゼの言葉を聞いて、確かにあんなに目立つ能力に2度もかかる馬鹿はそういないだろうとは思った。
だが、だからと言ってペラペラ喋っていいことにはならない。

2人が能力を言う言わないで口喧嘩を始めたのを見て、ヒソカは笑いながらも殴りたくなった。
この前から、ヒソカは振り回されてばかりだ。
苛々する気持ちを飲み下すように、芳醇な香りのする紅茶を飲み干した。

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