7.
目下の谷底は見えない。
あまり高いところは好きではないし、ジェットコースターやバンジージャンプも好きではない。
何度か谷底に落とされたこともあるが、どれもいい思い出ではなかった。

「捕まって」

しかし、マリだけ降りるわけにはいかない。
差し出された手を、マリは嫌々取った。

落下という現象は、重力と落ちるものの質量で速さが決まる。
つまりは、1人分の重さよりも2人分の重さの方が早い場合が多い。
ただし、空気抵抗や落下距離があるので一概には言えない。
そして落ちている最中に何か物に捕まろうとしたとき、その落下は大きな力となる。
落下速度に捕まろうとしたものが耐えられるかどうかという問題がここで発生する。

このマフタツ山のクモワシと呼ばれる鳥は、地上の獣から卵を守るために谷間に糸状の巣を作る。
逆に言えば、卵さえうまく吊るすことができればそれでいいはずだ。
卵に耐えられる強度だけで十分で、むしろそれ以上の強度は求められない。
強度があれば、そこを伝って外敵がやってきてしまうからだ。
それを考えると、正直な話、信頼ならない。

“意外と、強度はあるんだ…”

悶々とそんなことを考えていたマリだったが、杞憂に終わった。
クモワシの巣の強度は、大人2人分の体重の掛かった落下速度でも壊れることはなかった。
下を見ないように注意しながら、イルミの代わりに卵を2つとついでに糸を少々取った。
マリがその卵をタオルに包んで鞄に入れたのを確認してから、イルミは糸の上に立って、糸の撓りを使って地上まで戻った。
撓りの様子を見ると、本当に強度があるらしい。

地上に戻ってきたマリは卵を鍋の中に入れて、火の近くに座り込んだ。
料理をしている間、殆ど立ったままだったし、今の落下で精神的にも疲れた。
日暮れも近いし、そろそろ休みたいというのが本音だった。

「マリ、イルミ。食べるかい?」
“頂こうかな”

卵はシンプルにゆで卵になった。
ヒソカが持ってきてくれた1つを剥いて食べてみた、非常に美味しい。
目を丸くしたマリをヒソカが笑った、意外とこの女は感情が表情に出やすいようだ。
イルミとセットだからか、表情の移り変わりは余計に目立つ。

黙々と食べ進めているマリをイルミはのんびり眺めていた。
彼とヒソカは先ほどマリの握った握り寿司を食べているので、そこまで空腹ではなかった。
そういえば料理をしていた張本人は味見を少しした程度で、それ以外は何も口にしていなかった。

“美味しいね”
「…そうだね」
「健気だねえ…

地べたに座ってゆで卵を頬張っている姿は、年齢の割に幼く見える。
自分の分もマリに上げればよかったかと思っていたイルミだが、念文字を見て、これでよかったと思った。
大抵、マリは感情を共有することが意外と好きだ。
1人でいるのも好きと言っているから矛盾しているのだが、一緒にいる時は共有したいと思う性格なのだろう。
イルミにはその意味がちっとも理解できなかったが、マリが楽しそうにするならそれでいい。

合格者は40名程度まで減った。
これからが正念場だとイルミは感じている。
人数が少なくなればなるほど、マリと共にいることが難しくなる。
最悪、ヒソカに頼むことも出てくるだろうし、何より、イルミとヒソカ、どちらにもついていけなくなる場合がある。
マリの場合、それでも死ぬことはないだろうが、脱落者をどのように保護しているのか分からない以上は、彼女だけを残して試験を進めることはできる限り避けたい。

到着した飛行船に乗り込むマリを見ながら、どうしたものかな、とイルミは小首を傾げた。

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