6.
寿司の記憶は遥か昔に遡る。
マリはその料理が物凄く好きだった、外に出て何か食べたいと思ったらとりあえず選ぶくらいには。
回転寿司も板前が作る寿司もどちらも好きだった。

寿司はシンプルがゆえに作り手の経験と知識が問われる。
魚の捌き方、包丁の入れ具合、下味、シャリの温度、固さ、そしてそれらが合わさってマッチするか否か。
もっといえば、寿司を出す環境、皿、醤油、山葵…拘ればきりがない。
それらは一朝一夕で身に着けられる技術ではない。
と言うより、料理全般がそういえるのではないか。

マリは川魚を捌きながら、遠くで怒鳴る試験官の話を聞いていた。
10年以上も修行をした職人の寿司と、素人の寿司を比べられたら勝てっこない。

“なんか無駄な気がしてきた”
「これ、どうなるんだろ

川魚にしては脂がのっている種類だったので炙りにして、醤油と砂糖で照り焼き風にしてみようと思っていたが、先ほどの話を聞いてマリのやる気は地の底まで落ちてきていた。
あくまで試験の内容は味だけではないと思っていたのだが、そうではないらしい。
美食ハンターを名乗る人間が満足するような料理を作れる受験者などいないだろうに。

マリはため息をつきつつも、とりあえず脂身の多い白身をさっと湯がいた。
湯がいたうえで、軽く炙り、脂を落とす。
あまりに油が多いので、そうでもしないと脂っぽくて食べられそうにもない。
魚の中には油の成分が蝋のものもあり、食べると下すと言う場合があるが、これは大丈夫なのだろうか。
肴の種類には疎いため、そこまでは分からない。

炙ってから、照り焼きだと重すぎると判断し、酢と醤油、それから苦みと酸味のある木の実をすりおろし、混ぜてソースとしてみた。
得体が知れない以外は、それなりに美味しそうにできた。

「君、箱入りのお嬢様だと思ってたけど料理できるんだねえ◇」
“家の味は作れないんですけれどね”
「ああ…匙加減が難しそうだからね

ゾルディック家の料理は匙加減が難しい、人によって毒の量を変えなければならないし。
普通の料理は、まあそれなりに作ることができた、一人暮らしの時間も長かったから。

マリはとりあえず出来上がった料理をどうするか迷った。
持って行ってもしょうがないかもしれないが、作ってしまった以上は処理しなければならない。
ただ得体のしれない魚で作ってしまったのでイルミやヒソカに食べさせるわけにもいかない。

“とりあえずダメもとで持って行ってみる”
「いってらっしゃい
“ついでに食べられる魚だったのかも聞いてくる、食べられるなら食べちゃおう”

2貫の寿司を皿に乗せて、マリは人の屯している試験管の近くに行った。
そこには数人の男たちが切り身を乗せた俵型の米を皿の上に乗せている。
よくよく見てみると、魚の裁き方が怪しいものや、筋向いに包丁を入れているものなど、料理としての基本がそもそもできていない。

とはいえ、イルミも針やナイフを握ったことはあるにしろ、包丁を握って魚を捌くことはほぼない。
ここにいる受験者も料理をしたことがないものが多いことは目に見えて明らかだ。
そもそも試験内容が相応しくないとマリは考えた。
豚の丸焼きは良かったと思うが、調理内容にまでこだわり始めるのは少し違う。

「あら、あなたのはまだマシみたいね」
“一応…。ところでこの魚、もともと食べて大丈夫な魚ですか?だいぶ脂が多かったようなので不安なんですが”
「この森に食べちゃマズい魚はいないわ。毒素が強い木の実もない。…これは、アブラヤシウオね。それに、ソースにはヘベスカラタチが入ってるわね…うーん、工夫されてるわ」

順番待ちをしていたマリの皿にメンチは目を付けた。
汗臭い他の男どもと違う、物言わぬ家庭的そうな女だ。
綺麗に整えられた爪や長い髪をしっかりと縛っているのも好感触だった。

不思議なことに、女はしゃべることなく念で言葉を伝えてきた。
何かしら不自由な部分があるらしいと判断し、とりあえず女の疑問に答えておいた。
味だけではなく安全に気を遣う辺り、本当に家庭的である。
他の受験者でこんなことを聞いてきた奴はいなかった。

アブラヤシウオはその名の通り、ヤシの実を好んで食べる川魚。
そのため、油分が多く刺身には向かない。
ただ女はその油を下拵えで対処し、尚且つ、脂っぽい味を抑えるためにヘベスカラタチの酸味と苦みをうまく使ったソースを添えている。
そもそも、ソースをかけるという初歩的なことすら考えてこなかった男どもと比べるのも申し訳ないくらいだ。

「んー、美味しい!美味しいんだけど、握りがねー!」
「メンチ、その人合格でいいんじゃない?かなり工夫されてるし」

ただその分、握りが甘いことが引っかかる。
握力があまりないのか、それとも遠慮して握らなかったのか、ともかくシャリが緩すぎる。
創意工夫は認めるが、握り寿司としてはイマイチだ。

メンチは料理に対して決して妥協はしない。
それは美食ハンターとしてのプライドであるし、自分に対しての戒めでもある。
これでいいかと諦めた時が、ハンターとしての終わりであるとすら思っている。
マリの努力や工夫は目を見張るものがある、だからこそ、もっと素晴らしいものができるはずだとも思った。

「やっぱり駄目、握り寿司としては認められないわ…!」
“そうですか。でもこれ、食べられるもので間違いはないんですよね”
「もちろん!食べられるわ」

マリは不合格の結果に対して憤りを感じることはない。
これだけこだわりのある試験官だ、料理なんて使用人がやるレベルのイルミが受かるはずもない。
むしろ一人で受かってしまったら、と思うとそちらの方が恐ろしい。
不合格と言いながらもしっかりと2貫とも平らげたメンチに苦笑いしつつ、マリはイルミの元に戻った。

小首を傾げたイルミに、ダメだったよ、と答えると、彼は満足げに頷いた。
1人だけが受かってしまったら大変なことになるのはお互いに理解している。
イルミだけが合格するとマリが帰るのに大変で、マリだけが合格したらその先はない。
途中棄権ができるんだろうか、と少し考えたが、試験内容によるだろうと考えるのをやめた。

「ねえこれ食べて平気だって?」
“食べても問題ないみたいだけど”
「へえ、じゃあ頂こうかな

ご勝手にどうぞ、と念で文字を浮かべると、ヒソカはにんまり顔でマリの握った寿司を食べ始めた。
濃厚な切り身と、すっきりした味わいのソースはよく合っているし、寿司酢もソースに合わせて少し甘めにしているようでグルメなヒソカも満足ができる味だ。
だからこそ、この寿司で合格できないのであれば、自分もここで不合格になるだろうとヒソカは思った。

そしてここで不合格になるのは理不尽であるとも思う。
そもそもこの試験は何のために行われていたのか、最初の豚の丸焼きはあの凶暴な豚を的確に殺すことに意味があった。
しかし、この寿司を作るという点については全くそういったところはない。
未知の料理に対して想像力を膨らませ、創意工夫を凝らすという試験であったら納得は行くが(どちらにしても自分は受からないだろうとヒソカは思っているが)マリが不合格になったことを考えるとそれも違うようだ。
十中八九、試験官が悪い。

ただ、試験官は念も使える、戦うと楽しそうな相手だ。
いっそ文句を言うつもりで殺しにかかるのも悪くない。

「ご馳走様

腹拵えもできたし、ちょうどいい。
食後の運動ができたら、さらにいい。

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