辿り着いたのは、地下通路のような場所で光が一切差し込まない上に、通気性も悪く、あまり広くもない場所だった。
300番台の番号札をもらったということは、少なくともこの狭い空間に300人がいることになる。
当たり前のことだが、地下通路は人の体臭で溢れていた。
301と302の番号を手渡されたイルミとマリは、それを仕舞って壁際に移動した。
受験者はそれなりに多くなると踏んでいて、尚且つ、そうなるとこのように大勢の人の中に放り出されると分かっていたため、2人は遅めにきたつもりだった。
しかし、それでもまだ時間に余裕がある。
マリとイルミの傍には誰も来ようとしないのは幸いだった。
ハンターを志す猛者がそろう場所ではあるが、変装したイルミの傍に寄ろうという猛者はそういないらしい。
「や。久し振りだね
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居た。
顔中に針を刺している人間の傍に寄ってきて、尚且つ声を掛けてくる猛者が。
ただその猛者はイルミの知人で、その上、イルミの変装よりもずっとヘンな人だ。
マリはその人に初めて対面したが、知識としてヒソカ・モロウという人間を知っていた。
イルミは顔に針を刺したままなので、念による筆談で会話をしていた。
面倒なので、マリはイルミの隣で目を瞑った。
ヒソカとイルミのやり取りを聞くつもりもないし、聞いても大して意味はないと考えた。
「そのコ、誰?」
その答えにイルミがどう答えるのかも興味がなかった。
便宜上、嫁をやっているが、イルミがどう思っているのかはわからない。
マリ自身はイルミが結構好きではあるし、確認しようかと思うこともあるが、行動一つ一つにその答えは現れていると考えていた。
好きでもない相手を担いでハンター試験を行うなんて物好きはそういないはずだし、イルミの顔であれば女に困ることもないはずだから。
マリは周囲の雑音をすべてシャットアウトして、眠りについた。
紙もペンも通信機器の電波もないところでやることはただ一つ、身体を休めることくらいである。
マリは自分の空間に異物が入った感覚で目を覚ました。
身体に触れられる前に起きて、相手を確認して周囲を見渡した。
イルミが自分を起こそうとしていたことと、周囲の人間が歩き出していることに気が付いて、慌てて立ち上がった。
「…もしかして、担いでいくのかい?」
慌てて立ち上がった拍子に折れた膝裏に腕を通して、イルミはマリを抱き上げた。
マリは足が悪く、長期間歩いたり立っていたりすることが難しい。
だから移動は車か飛行船、鉄道、それらがダメなところではイルミに頼る。
ヒソカが驚いたのは、行動に対してもそうだが、何に関してもストイックでビジネスライクなイルミがこうまで尽くす相手がいることに対してだった。
甲斐甲斐しく女の面倒を見るような男だとは思ってもいなかった。
その上で、イルミをここまで魅了した女に興味を持った。
走ることもままならない、羽の折れた鳥のような女に。
「ねえ、マリ。君は念を使えるんでしょ
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“見てのとおり”
「戦えるの?」
“それも見てのとおり”
マリはヒソカのことを警戒はしていない。
ヒソカ・モロウという男の性癖に近いような、戦闘に対する愛情をよく知っていたからだ。
マリは彼の寵愛に準ずる能力を持ち合わせていないと考えている。
戦えないわけではないが、ヒソカが望む、身を震わすようなぎりぎりの戦いというものを実現できるとかと言えば否だ。
そういうのはすべてイルミに任せている。
見てのとおり、マリは自らの足で立つことすら困難で、誰かの手を借りないといけない。
その状態でも戦うことができる能力は持ち合わせているが、それだけのことだ。
そういう意味を込めて話をしたが、ヒソカは口元を三日月型にしたままだった。
「君は面白そうだけどな◇」
“がっかりさせるだけだと思うけど”
期待するだけ無駄である。
少なくともマリは戦闘に参加するつもりはないし、参加しそうになったらイルミが出てくる。
ハンター試験においても、それ以外の日常においてもそれは変わらない。
無理に戦ってまでハンターライセンスが欲しいかと言えば否であるし、急いでいるわけでもないので、次の機会に誰か別の人間を雇って獲得するでもいい。
それにしても、ヒソカの口数が多い。
マリは若干うんざりしながらも、こういうことはイルミに助けてもらえるわけでもないので、適当に対応していた。
イルミは変化系と具現化系の念の使い方が苦手で、マリのように指でなぞらない念文字を書くことはできない。
「君、意外だけど変化系?」
“他の人に聞こえる”
「具現化系っぽい性格に見えるけどな
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ちなみに両方外れである、的外れとまではいかないが。
そしてそれを教える必要性はない。
久し振りに外に出て、人付き合いの億劫さを思い出したマリは、もう一度目を瞑った。
まだまだ先は長そうだし、いつまでも彼の話し相手になっているのも大変だ。
眠れないにしろ、会話をしないで済むならその方が良かった。