2.
面食いとは言わないが、ちょっとそれはないんじゃないかと思うことはある。
マリは顔にハリと言うには太すぎる、ビスに近い太さの物をさしている男の隣を歩いていた。
それなりに発展した街だから、ちょっとしたパフォーマーくらいに思われているようで、ちらちらと周りの人の視線を集めるのみにとどまってくれているのが不幸中の幸いだった。

マリはその顔を見たことがないわけではない。
ただ、見慣れているわけでもない。
そして、その顔が好きかと言えば否だ。

“もうちょっとあると思うんだけどな…”
「カタカタ」

会話すらままならない様子の相方に、マリはため息をついた。
とはいえ、普段から会話はままならないのだから、あまり関係はないのかもしれない。

マリはと目玉焼きととんかつの絵が描かれた看板の定食屋の前で足を止めた。
どこにでもありそうな定食屋だが、マリはあまり入ったことがない。
引き戸をうっかり押してしまうくらいには、慣れ親しみのない場所だった。
隣の変人が引き戸を開けて、先に入る。

「…ステーキ定食、弱火でじっくり、ですね?」

変身中は言葉を発することができないイルミは、カウンターに置いてあったナプキンにペンで注文内容を書いた。
苦笑いしつつマリが頷くと、困惑気味ながらも店員は奥の個室へと案内してくれた。

個室ではしっかりと肉が焼かれていた。
マリもイルミもそれに手を付けることはなかったが、その近くに会ったアンケート用紙とペンを手に取った。
その裏で筆談をするためだ。

“先に変身する意味あった?”
“特にないかな”

お互いに話すことができないので、筆談をするしかない。
念ができない人や念文字を書くのが苦手な人には、紙とペンを使う必要がある。
その上、目立ちすぎる容貌だ。
面倒事ばかりで正直あまりメリットがないように思えた。
もちろん、イルミが変装をする意味は分かっていたが、変装にそう時間がかからなかったことを考えると、今ここで、または会場に着いたらすぐに変装すればよかったような気がした。

イルミも先ほど注文するときに、その考えに思い至ったようだったが、やってしまったことは仕方がないと開き直っていた。
マリも終わってしまったことに何か言っても無駄なので、それ以上は何も言わなかった。
個室内には、ステーキが弱火でじわじわと焼かれていく音しかしない。

“その姿だと話は一切できないの?”
“そうでもない。だけど口の稼働区域が狭いから一言二言くらいしか無理”
“ああ…骨格まで変えてるからか…”

イルミの変身は本当に彼の面影をしっかりと消している。
全く持って別人に見えるのは、骨格から目の大きさからすべて変えてしまっているからだ。
ただ、骨格を変えるにあたってうまくいかないことも出てくる。
マリは普段よりも大きくなった顔と、その割に合わない細くこけた顎を見て納得した。

緩やかな下方移動をしていた部屋が、チンと音を立てて止まった。
どうやら目的地に着いたらしい。
マリもイルミも、弱火で焼かれた、調理方法の間違っているステーキには手を出さず、鉄板の下にアンケート用紙を捻じ込んで部屋を出た。
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