1.
渡しに船とまではいかないが、いいタイミングだった。
真下に聳えるククルーマウンテンが小さくなっていくのを見ていたマリは、マグカップの中に入っている甘いチャイを飲みながらそう思った。

「ちゃっかりしてるよ、ほんとにさ」

目の前で色違いのマグカップを片手に、毒入りのチャイを飲んでいるイルミが呆れたようにそういうので、彼女はそちらを見た。
イルミは特に怒っている様子ではない、ただ呆れているようだった。

ようだった、という言葉が最も適切なのは、イルミの表情が全く変わらないからである。
彼は怒っていても呆れていても、それこそプロポーズの時だって同じ顔をしている。
ただ、マリはその同じ顔から彼の感情の機微や意思を想定することができた。
経験と過ごした時間の長さゆえのことだ。

「俺から離れないこと。これ絶対ね」
“離れた瞬間に帰ってこられなくなるから…”
「一応迎えにはいくけどさ。いつになるかわからないらしいし」

マリに不安がないと言ったらウソになる。
何といっても、マリの身体能力は一般人並みかそれ以下である。
彼女がそれでもハンター試験を受けに行くのには、理由があった。
大した理由ではないが、いつかは叶えたいものだった。

そんな最中、仕事から帰ってきたイルミが適当に置いたハンター試験の受験票。
マリはこっそりそれをもう一部取り寄せて、これまたこっそりと提出した。
イルミには事後報告をして、彼の呆れを一身に背負いながらも一緒に家を出たのである。

飛行船は既にククルーマウンテンが見えないところまで飛んでいた。
仕事の兼ね合いで出発が遅れ気味なので、速度を上げているようだ。

“外に出るのは久しぶり”
「マリは引きこもりだから」

飛行船の窓から見える景色はもう、太陽の光と下に映る海の青のみだ。
マリが外に出る時は、飛行船に頼ることになる。
彼女自身、この風景を何ら珍しいものと感じなくなっている。
ただ、そもそも部屋の壁と廊下の窓の外の風景以外を見ること自体が、マリにとって半年ぶりのことだった。

太陽をほぼ浴びないマリの肌は抜けるように白く、窓からの光に透けて見えるようだった。
イルミは窓のブラインドを閉めた。

「そろそろ寝ておいた方がいいよ」
“…まだ昼だけど”
「マリの生活、どうせひっちゃかめっちゃかだし。寝れるでしょ」

ブラインドを閉じて、窓際の椅子に座っていたマリを連れて、イルミは部屋を出た。
若干不服そうなマリだったが、部屋を出るころにはもう諦めていて、寝室に入るころにはうとうとし始めていた。

連れて行かれた部屋はベッドとサイドテーブルしか存在していない。
マリはそれを確認した瞬間、ベッドに倒れこんだ。

「行動早いね」
“寝る以外にやることがない部屋だからね”

もしその部屋に紙とペンがあったなら、マリは寝ることはなかった。
紙とペンさえあればマリの仕事はいくらでもできてしまう。
正直、なくてもできないことはないが、あった方が効率的だった。
だからその両方が揃わないときはとことん休む、そう決めていた。

シャワーも浴びていないマリだが、面倒になってそのまま目を瞑った。
それにしても、外に出るのは本当に久しぶりだ。
ハンター試験はさておき、それ以外の部分もそれなりに楽しみだった。

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