17.
重々しい石作りの廊下に足音が響く。
響くような足音を鳴らすのはゾルディック家では1人だけである。
シルバの部屋で話し合いをしていたゼノとシルバは顔を見合わせて、苦笑いをした。

少し驚かせてやろうかと企んだゼノに呆れながらも、シルバは見慣れた家の廊下を足音を立てずに歩く。
それがゾルディック家の当たり前である、ただ、普段は気配を消すことはないがその場にいるのがマリと執事だけであることが分かっていたため、絶をして2人で近づいてみた。

“こんにちは、ゼノさま、シルバさん。ただいま戻りました”
「ああ、よく戻った。イルミだけ先に帰ってきたから何があったかと思ったぞ」
“ちょっと呼び出しされたんですよ”

執事の一人を従えて歩くマリは気配を消して近づいていたゼノとシルバを振り返り、微笑んだ。
戦闘能力は皆無な嫁だが人の気配には敏感だ。
一瞬の出来事に目を丸くした執事だけがバツが悪そうに身じろぎしたのも、マリにはばれていることだろう。

キキョウとは違って落ち着いた様子のマリは多少この家では異質である。
団らんの場にも決して出てこない彼女からは、あくまで居候という強い意志が見て取れる。
ゼノはそれを知りながらも、面白がって暇があるとマリに声を掛けるのだ。

「イルミは明日戻る」
“早いですね。4日は掛かるなんて聞いていましたが”
「ハンター協会にお前を置いてきたことを、アイツなりに気にしていたようだ」
“心配性すぎますね”
「お前は決して弱くないのにな。気持ちは分かるが」

居候としてという確固とした意志が見て取れる以上、イルミが心配する気持ちもよくわかる。
マリは掴み所がなく縛っていてもいつの間にか抜けているような気がするのだ。
実際のところ、縛られていても静かだから縛られていないことに気付くのが遅れる心配も付き纏うから、イルミの心配は止まないだろう。
マリはそれらもすべて理解した上で薄っすら笑って、そうですか、と答えるだけだった。

「立ち話も難じゃ、行くぞ」
“何かお話が?”
「キルアとイルミの試験中の様子を聞きたい」
“ああ…わかりました”

マリの足が悪いことは周知の事実だ、これ以上の立ち話は身体に障る。
ゼノの一言を皮切りに、3人はシルバの自室に向かって歩き出した。
その最中にマリは執事に戻る様に伝えた、先ほどから2人の気配に気づけなかったことに怯えているようだったからだ。

シルバとゼノが半分嘘をついているんだろうと、マリはあたりを付けていた。
2人は確かに長男と三男を気にかけているようだが、ただ単に今、暇なだけであろう。
でなければ、マリにわざわざ声をかけることはないと考えている。
実際のところ、ゼノに対してはそれがアタリで、シルバはイルミの心配を少しでも和らげるために見張ることも兼ねていたが。

シルバの自室に入るとまず、大きな犬が目に入る。
犬と言うには狐顔で尚且つ大きいが猟犬と聞いた…犬は機械的にマリを一瞥すると、そのまままた目を瞑ってしまった。
その犬がいる反対側にあるクッションにマリを座らせて、シルバは左手に、ゼノは右手に座った。

“聞きたいのはキルア君のことでしょう?”
「その通り。アイツからも直接聞くつもりだが、客観的に見た話が聞きたい。それからイルミの様子もだ」
“構いませんが、私はあまりキルア君に接触していませんよ”

シルバが口を開く前に、マリから話を切り出した。
マリが呼ばれる理由など、想定にするに容易い。

嫁いでなお、マリは決してその家に馴染むことはなかった。
そもそも、嫁ぐと言っても公式に婚姻を結んだだけでそれ以外は何もしていないのだ。
挙式も挨拶もすべてをマリは拒否し、公的な契約だけを交し、家族になった。
その考え方は、一族を重視するゾルディック家には似合わない…ただ、挙式なんて余計に似合わないとマリは思っているが。

閑話休題、マリはゾルディック家に干渉しない。
だからキルアの家出なんて知りもしなかったし、イルミが彼を家に帰す責務を負っていたこともすべてが終わってから知った。
キルアにも興味がないためあまり見ていなかった、彼がイルミの弟であることは知っていたにも関わらず。

「いいんだ、それで。キルアはどうだった?」
“楽しそうでしたよ。同い年くらいの男の子たちと仲良くしていたみたいで”
「正直に言ってくれ、キルアに対してどう思う」
“適当にさせても、勝手に子供は育つものかと”
「持論か」
“そうですね。私がそうだったので”

マリは子を産んで育てた経験がない、それは今も、過去もである。
だからシルバやイルミが何を恐れてキルアを外に出したがらないのか分からずにいた。
少しは分かる、念は知らないがそれなりの経験と才能がある子供を見た強い大人が彼に何をするのか、いい人ばかりではない、危険はたくさんある。

ただ、いくらそれを忌避しようとしても運命は予想だにしていない面白い方向に転がって行ってしまうことがあるのだ。
いくら家の中で外のことを学び、危険を学んだとしても、それのすべてが活かしきれないのが外である。
彼らはそれを知っているはずだ。
マリ自身、その持論を説かれて、目いっぱい危険な世界に放り出されたものだ。

難しそうな顔をして黙り込んでしまったシルバを一瞥して、マリは席を立った。
彼には彼の考えがあり、キルアは彼の息子だ。
マリは教育に口出しできる立場ではない、ただ、ゴンのためにもキルアが彼の傍にいることは悪いことではない。

“イルミが帰ってきましたね”
「そのようじゃのお…あの心配性め」
“大切なものが手から離れるのが怖いんでしょうね。私がいくらきちんと帰ってくるって言っても聞かないんですから”

傍にいる、消えたりしない、帰ってくる。
それはマリが一人暮らしをしていたころ、イルミによく言って聞かせたことだ。
時々やってくる少年に、マリはそう言い聞かせた。
彼はマリの住処に彼女がいないことをひどく恐れ、居ないといつまでもその部屋で待ち続けた。
待ち続けて、帰ってきたマリが本物であることを確認すると安心して帰る。
まるで宝物を寝床に隠す猫のような性質に、マリは苦笑いしたのを覚えている。

ゾルディック家は仕事で人の命を奪うが、奪われることに非常に強い危機感を覚えるらしい。
マリが嫁いでから気づいたことだ。
キルアにはそれがない、奪われることも多少耐性があるようだった。
そういう意味でも彼は才能があるのだろう、精神的な部分で。
鉄の扉を引き、マリはいつの間にか顔を上げてこちらを見ていたシルバに一礼して部屋を出た。

シルバの部屋から階段を挟んだ反対側。
鏡合わせの位置にマリの部屋はある、隣がイルミの部屋だ。
イルミの気配が家の中に入ってきたことを察知して、少し早足で部屋に向かった。

“お帰り、イルミ”
「どこに行ってたの?」
“シルバさんに呼び出しされてたの。あなたが帰ってきたから戻ってきたのよ”

間に合わなかった。
階段でバッチリとイルミに見られたのを感じて、マリは動かしていた足を止めた。
イルミに見つかる前に部屋に戻ろうとしたのは、彼の信頼を落とさないようにするためだった。
家に帰ってきてすぐに部屋に籠りました、という姿勢を見せたかった。
しかしそれは失敗したので、正直に今まであったことを話した。

それでもまだ不機嫌そうなイルミの傍に寄るために、階段を下りようとした。
手摺に捕まりながら、一歩、足を下そうとしたが、それよりも先にイルミがマリのいるステップまで上り詰めた。
恐る恐る下のステップに足を乗せようとしていたマリの手を取って、そのまま上の階へ戻らせた。

「おかえり、マリ」
“イルミもね”

逃げ出した小鳥の行く末は、さまざまである。
しかし、それらの殆どが元居た家に戻ろうとする。
そのまま飛び立っていくものもあるが、イルミもマリも、それには分類されない。
キルアはどうかな、と思いながら、マリは巣に戻るのだ。

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