16.
ハンター試験は自由解散だったが、結局のところマリが気になった受験生たちは彼女とヒソカがいなくなるまでその場に残っていた。
彼女がネテロと共に舞台裏に消えたのを確認してから、皆、恐る恐る口を開いた。

「クラピカ、エルビス…って誰?」

ゴンの一言で、皆の視線が彼とクラピカに向いた。
この会場内でクラピカだけが、エルビス・オングを知っていた。
学問に興味があったなら必ず1度は聞く名前だ、それほどに彼女の研究は多岐にわたる。

「…エルビス・オングは世界中で見ても五本の指に入る有名な学者だ。主に、この世に置ける物理学の全容、数学の未知を理論化した」
「なんだそりゃあ」
「例えば、電脳空間の流通…光の全反射を利用した光ファイバー網や相対性理論を用いた位置情報の伝達、それらはすべてエルビス・オングが考え、利用したものたちだ」

彼女の功績はあまりにも大きい。
クラピカは分かりやすいものだけ話をしたが、それ以外にも彼らが理解できないであろう理論をエルビス・オングは読み解いている。
マリがエルビス・オングであったとすれば、彼女がシングルハンターの称号を得ることは何もおかしなことではなかった。
むしろ、今まで何の表彰もなかったことの方が驚くほどだ。

クラピカはマリの消えた舞台袖を見ていた。
できればぜひ彼女と話がしたかったと、叶うわけもない希望を胸に。



マリという受験生がエルビス・オングの本人であることを知ったときの試験官たちの驚きと言ったらなかった。
流石にハンター歴の長い試験官たちは、エルビス・オングの名を一度は聞いたことがあった。

「…あまりに若すぎませんか」
「そりゃそうじゃよ。マリが最初に学術発表したのは彼女が7歳の時だからの」
「7歳?嘘でしょ、どんな脳みそしてんのよ!?」

エルビス・オングは大よそ20年ほど前に突然現れた新鋭の学者で、どこの研究所にも国にも属していないくせに類稀なる発想で様々な未解決の学術を解いてきた。
誰しもがその姿を一目見たがったが、エルビス・オングは決して公の場には出てこず、代理を立てて講演をした。
彼女の年齢を考えればそれは当然のことだったのだろう、大の大人が100名以上集まっても解決することができなかったものを、たった7歳の子どもが解決したなど大々的な話題になってしまう。
マリはそれを恐れて、一切顔を出さなかったのだ。

騒がれている渦中のマリは、静かにナイフとフォークを動かしていた。
子羊のフィレ肉は丁度いい焼き加減で柔らかく芳醇で、甘酸っぱいソースとよく合っている。
作ったのはメンチと言う話を聞いて、ぜひ知り合いになりたいと思った、美味しい。

「あ、貴方喋れないんだっけ」
“食事をしながらでもできますよ”
「器用だねえ」

咥えたフォークの柄の部分から念文字を出すと、斜め向かいに座っているブハラが目を丸くしてそう言った。
肉汁が零れないようにナイフを優しく入れて、もう一切れ。
この食事が食べられるだけでも、シングルハンターになった甲斐があったような気がする。

マリは喋れないわけではないが、念文字での会話しかしない。
それが念の制約の1つであるからだ。
念文字を作るという行為は人によって難しくてできない場合もあるが、マリはこれを作るのが得意だった。

「それにしても、エルビス・オングがゾルディック家にいるとは思いも縁りませんでしたね」
「というか、ゾルディック家が試験受けに来てたってのが衝撃よ、こっちからすれば!今年の受験生危ないヤツばっかだったんじゃない?」
“私は暗殺業には関わってませんけどね”
「お前、戦闘向きじゃなさそうだからな。ラッキーだったな、三次試験」

肉を豪快に切って齧っているリッポーがにやつきながらマリを見た。
マリはその通りだと頷いて見せた、あれは本当に運が良かった、落ちるとしたらあそこが一番有力だっただろう。
クイズの道などと言うマリに向けの道に落ちたのが幸いだ。
今回は運がマリに味方していた、最終試験でもそれは言える。

マリはとにかく戦闘ができない。
人を殺すどこから、転ばすことも難しいだろう。

「マリのその念、どう考えても守り一辺倒だもんね」
“その通り。ですが、学問に戦闘は不要ですので”
「それを考えると、それ以上にいい能力はないでしょうね。ヒソカもどうにもできなかったのでしょう?その箱は」

マリの念、“机上の空論”は彼女の理論上、この惑星内で最も硬い。
理論上は生成できるが、現実に生成しようと思うと物理的に不可能な硬さ。
彼女の能力は、己の理論を現実にする能力だ。
しかし、理論によっては達成するのに異常に力を使うので、基本的にはこの硬い箱以外は使わない。

マリの生活において、戦闘は皆無だ。
ただ、彼女が念を覚えているという理由で狙われる可能性は少なくない。
そのため、マリは己を守るための念を作り出したというわけだ。
ゾルディック家にいる今は、念を使わなくとも安全なので絶をしているだけのことも多いが、1人暮らしだったときはこの念を常時発動させていた。

「ほんっと、天才…私が学者だったらこんなのがいたらやる気無くすわ」
“無くされても困りませんから”

毅然とした態度でそう言ってのけるから、マリは孤独なのである。
苦笑いしながらメンチがそりゃアンタ寂しいでしょうよ、と言ったが、マリは肉を口に運ぶばかりで何も言わなかった。

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