15.
ネテロの短い話を聞き終えて、マリはようやく家に帰れると一息ついた。
性根が引き籠りなこともあり、今回の様に長時間外にいるとマリは気疲れする。
もちろんイルミもそのことをよく知っていて、マリを連れて足早に退場しようとしていたのだ。
それをゴンは許さなかった。
立ち上がったばかりのマリはイルミの腕を掴みながら、真っ直ぐな黒曜石の目を見ていた。

彼曰く、キルアの居場所を教えろとのことだ。
教えるまでもなく、ゾルディック家は観光地にすらなっているが、イルミは丁寧に教えてあげた。
そういうところは兄らしい親切な一面がある。

「ククルーマウンテン。そこにキルアはいる」

イルミはそう言い切って、ゴンから目を離した。
立ったままになっていたマリを連れて、今度こそ会場を出ようとした。

「そうじゃ、忘れとった。マリ、お前さんは少し残れ」
“…ええ?”
「お前さんはハンター協会内で、ライセンスを取得したらシングルを即時で付けるようになっとる」

次に呼び止められたのはイルミではなくマリで、しかも呼び止めたのはネテロだった。
だから誰もが彼女を見たし、イルミですら目を丸くした。
ライセンス取得と同時にシングルハンター入りなど聞いたことがない。

マリはシングルハンター入りに心当たりがあった。
学者としての名前は違えど、マリがこの世の中に発表した学術はどれも称賛に値するもので、利益としての価値も学問としての価値も高かった。
だからこそ、彼女に何らかの賞を与えようとする人々が一定数いた。

マリとしては有難迷惑であり、できればそっとしておいて欲しいという思いが強い。
ただ彼女のその思いとは裏腹に、エルビス・オングの熱狂的なファンは多い…ハンター協会にもかなりの数がいる。
それらの人々がマリをシングルハンターに、と推薦し、それが勝手に通っていた。

“拒否権は”
「ありゃせんわ。黙ってもらっておくのが一番じゃろ」
“今すぐですか”
「お前さん、引き籠りじゃろ。一回籠られたら渡す機会がなくなると口酸っぱく言われておる」

郵便物の様に受け取り拒否ができれば、と思ったのだが、それはダメと言われてしまった。
逃げようかと思ったが、それも叶わないらしい。
まるで何かの勧誘の様にしつこく、周到な計画が練られていたらしい。

帰ろうとしていた受験者たちは、マリに対してずっと独り言を話しているネテロと、離されていてもなお何も言わないが面倒くさそうな顔をしたマリに釘付けだった。
一体彼らが何の話をしているのか、そもそも会話が成り立っているのか、彼らにはそれが分からない。
実際には会話がしっかりと成り立ち、その上で、マリが断っているなどと言うことは知る由もない。

その上、成り行きを見守っていたイルミがマリの隣でこそっと、別に迎えを用意するから、と言って出て行ってしまった。
彼はこの後、仕事があり、それなりに急いでいる。

「イルミ、マリを置いて帰るの
「うん。俺、仕事だし。マリ、長引くだろうから。マリ、明日にはサクがこっちに来るようにしておくから。それまではこっちにいて」
“…了解。いってらっしゃい”

マリは肩を落として、イルミを見送った。
迎えが来てくるなら帰りは何も心配いらないだろう。
イルミはマリに軽く手を振って、ヒソカを一瞥してから部屋を出た。
マリの背後にいたヒソカは、怖い怖い、と楽しそうに笑っていただけだったが。

笑っているヒソカの隣をすり抜けて、マリはネテロのいる壇上を目指した。
その最中も、受験者の好奇心に満ちた視線がマリを射抜いていたが、彼女はそれも気にせず、演台越しにネテロと合い見えた。

「ふむ。では、マリ。…マリ、」
“いい加減にしてもらえます?”

ファミリーネームを呼ばれそうになったので、オーラをざわつかせて見せた。
それだけで周りの受験者たちは一瞬、一方城に下がったし、ネテロもその先を言うのをやめた。

「すまんすまん。マリ…学者名、エルビス・オング。貴殿は物理学並びに数学において偉大な成果を残したものとし、シングルハンターの称号を与える」
“有難迷惑ですが”
「お主のライセンスはこっちじゃ」

ため息をつきながら、マリはシングルハンターの証である一般のライセンスとはデザインの違うものを受け取った。
エルビス・オング、と聞いた瞬間に反応した受験生は、クラピカ1人だけだ。
彼以外の受験生はエルビス・オングを知らないようだった、随分とマニアックな人がいたものだ。

マリはライセンスを手にして、すぐにパンツのポケットにしまった。
どうせこれだけでは済まないのだろうとネテロを見ると、彼は微笑んで、奥で皆待っておる、と言った。
勝手に待たれても困るのだが、どちらにしてもサクが来るのは明日になるだろう。
今日はハンター協会の人間と食事し、ホテルをもらえばいい。

マリは諦めて、会場の裏手に消えようとしていたネテロの背中を追った。

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