10.
ヒソカが大樹に気が付いたのは、偶然ではない。
円に侵入した感覚があって、大樹が円の中心になっているということに気が付いた。
よく見ると円の形は丸ではなく四角だったため、ヒソカはにんまりと笑った。

「みぃつけた
“やめてよ、気色悪い…”

円は基本的に能力者の周りをぐるっと丸を描くようにできる。
しかし、出会った時からマリの円はなぜか四角だ。
恐らく彼女の発に関連しているのだろうことは分かっている、マリは箱で守られているから。
その代わり、マリは絶ができないらしい。

マリにはできないことが多い。
念の種類も、できるものとできないものがあり、それらは1か0かしかない。
彼女も自分の円の中にヒソカがやってきたことは分かっていた。
ただし、わかるだけで排除することも逃げることも今回の場合はできなかった。

「イルミは?」
“狩りにいってる”
「お姫様はここで待機ってわけだ

嫌味っぽい言い方にマリは眉を寄せたが、彼の言う通りだったので何も言わなかった。
ヒソカは太い枝に腰かけて、暗がりの中で、黒い瞳がうっすらと光を反射しているのを見た。
彼女は決してその洞から出るつもりはない。

彼はマリをじっと観察していた。
ヒソカはグルメだ、食事に対しても、人に対しても。
ヒソカにとってイルミは熟しきった美しい果実である、ぜひとも食べたいが、あまりに美味しそうなのでタイミングや料理方法、シチュエーションを考えて、最も果実が美味となる状態で食したいと考えている。

シチュエーションやタイミングを図るときに必要となるのが、果実の情報である。
一般的な料理でもそうだが、その食材の前情報がないと調理が難しい。
そのようなことに喜び、悲しみ、怒るのかを調べ、それらを組み合わせてヒソカは調理し、食卓を彩り、最適な器具を集める。
イルミの場合、喜びも悲しみも怒りも殆ど彼から発信されることはなかった。
だからこそ、ヒソカは攻めあぐねていた。

しかし、マリが関わると話は別だった。
マリに話しかけているときのイルミの視線には、複雑な感情が組み込まれている。
憤り、怒り、呆れ、寂しさ、苛立ち…俗に言えば嫉妬の感情を端々で感じる。
今まで何度か仕事を頼むにあたって彼を観察してきたが、ここまで露骨に感情を顕わにするイルミを見るのは初めてだった。
イルミを調理するにあたってのキーパーソンは間違いなくマリだった。

“ヒソカは狩りにいかないの”
「まだいいよ時間はたっぷりあるし」

念文字しか使わないマリの感情もまた、読みにくい。
文字に色がついているわけでもなく、揺れることもなく、文字はただの文字だ。
話し言葉で書いてくれているから会話している感じはあるものの、それ以上もそれ以下もない。
顔が見えないと更に不明瞭になる。

ただその中に隠された感情や思いを読み解くことは、ヒソカにとって意外と楽しいことだった。
思っていた以上にマリは話しやすく、気さくだ。
彼女自身も、ヒソカの思惑を理解していないわけではない、多少なりとも裏があることは分かっている。
分かっていながら、彼女は話を続けてくれる。

「ねえ、マリ。イルミは行ったばかり?」
“黙秘。帰ってきたイルミに怒られればいいんじゃない?”
「それ、君も怒られるよ」
“それは嫌ね”

マリはイルミが帰ってくるまで、洞から出るつもりはない。
それはマリなりのイルミに対しての誠意である。

マリは基本的にイルミの言葉に従う。
そうすることで自分の身を守ることができるし、イルミを安心させることもできる。
大切なものが手元から消えることを恐れるイルミにとって、従順なマリの行動は安心できるものだった。
イルミはイルミで、マリに命令しすぎないように自制している。
自分が人より束縛が激しく、本来であれば嫌われてもおかしくはないことであることを自覚しているからだ。
お互いのバランスはそのようにして取られている。

イルミが今回マリに課したのは、隠れていること。
別にお喋りすることは制限されていないから、嫉妬以外の理由で怒られることはないだろうとマリは考えていた。

“ヒソカとイルミはどういう関係なの”
「仕事を頼んだり頼まれたり

イルミは仕事以外であまり対人関係を作らない。
ヒソカとの関係も間違いなく仕事関連であろうとは思っていたが、アタリだったらしい。
基本的にイルミは仕事を選ばないから、こういう面倒な人間と当たることもある。
本人はそれをあまり悪いことだとは思っていないらしい、面倒に思うことはあるようだけど。

マリはヒソカを快楽主義と見ていた、それは間違いではない。
一方のイルミは合理主義で、刹那の感情に身を任せたり楽しみのために動いたりすることはあまりしない。
マリもどちらかと言えばそういうところがある。
ただそれでもヒソカとやっていけるのは、対岸の火事を眺めているような気分になるからだろう、野次馬根性で見ている分には楽しいから。
少なくとも、マリはそう思っている。

「いつかはイルミともやりたいなあ…

だからこそ、イルミとヒソカが戦ったら、という仮定はするだけ無駄だとマリは考えていた。
その対戦は例えば、ヒソカがイルミに自分の暗殺を依頼するくらいしか想定しえない。
イルミにも仕事を選ぶ権利はあるから、それはあり得ない。

マリはそう思っていた、ヒソカの狙いなど何も考えずに。

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