9.
マリはヒソカから放たれる強烈な視線に身震いをした。
彼女を覆う箱は外部からの攻撃や雨や温度から身を守ることはできるが、殺気や視線からは守ってくれない。
殺気や視線は感じるものであり、科学的に明らかにできるものではないからである。

“ヒソカ、前にいてくれない?”
「やだ

ただでさえ、船酔いで気分が悪いのに、畳み掛けるような状態だ。
イルミの方へ身を寄せてみたが、ヒソカからではない視線が増えたので、少し距離を取った、全く二進も三進もいかない。

マリは気を紛らわせるように、遠く、海と空が蕩け合う地点を見た。
海の青と空の青は、全く違う種類の青である。
発現方法も色彩も違うというのに、溶け合うように見えるのは、光の屈折による。
延々と光の屈折について考えていたら、いつの間に船は止まっていた。

「マリ、次はサバイバルだって◇君生きて行けるの?」
“単独行動をしなければ問題はないかと”

ぼんやりしていて聞き逃していたことを、ヒソカが代わりに試験内容を教えてくれた。
次の試験がサバイバルであること、くじに書かれた番号のプレートを奪うこと、点数配分、制限時間。
マリが最も気になったのは、サバイバルや点数配分のことではなかった。

“私が2番目に出発?”

船から降りる順番は、前回の試験通過順になる。
つまり、マリはヒソカの次に降りることになる。
先に降りられるというのは本来であれば有利なことなのだろうが、イルミと行動を共にするつもりだったマリにとっては不利になる。
マリの次に試験通過した受験者の中に、彼女を狙うものがいたら困るのだ。

困る、と思ってから、マリははっとした。
困るって、何がだ。

「いいじゃないか、別に
“そうだね”
「あとで迎えに行く」

イルミが降りてくるまでの十数分程度が一番の鬼門となると思っていたが、考えてみればマリは弱いわけではない。
念が使える、公にはできないにしろ。
それを使って攻撃はできないものの、身を守ることはできるはずだ。
イルミがやってくるまで、ただじっとしていればいい。

イルミはマリに付けた念針を辿れば彼女の元へ向かうことができる。
困ることは何もないはずだった、しかし、マリは困ると思った。

船の甲板から慎重に足を運んだ、揺れる船内と微動だにしない地面を同時に踏みしめることは、マリにとって少々難しい。
地面に付いた右足に力を入れて、揺れる左足を持ち上げる。
一瞬右足に重心が偏りよろけるのを堪えて、マリは砂浜に降り立った。
普段はイルミがエスコートしてくれるため、こういったことはほぼない。
無意識でイルミに助けられることを当たり前としてしまっている自分に多少なりとも危機感を覚えながらも、マリは森の中に足を運んだ。

「別に危機感がなくてもいいんじゃない?マリ、家から出ないし」

十数分の間、マリは出来る限り狭い場所でじっとイルミがやってくるのを待っていた。
大樹の洞に細い体を捻じ込んで、マリはじっと待った。
マリの念は基本的にオートであり、それは円の役割も兼ねている。
四角い箱は2重構造となっており、内箱の外側に、外箱が常設されている。
後者の箱は円の役割以外の能力を持たない代わりに、オートにしては広い範囲をカバーできる。

敵が来たら、逃げることができるように、逃げられなくても自身の身を守ることができるように。
そういう風に、マリの“机上の空論”はできていた。

“いつまでもそうとも言えないから”
「外には出さない。俺の嫁である限りは、俺の目の届かない場所には出さない」
“イルミの嫁でなくなったときが大変ね”
「それもないから安心しなよ」

洞の中のマリに合わせてしゃがんだイルミは淡々とそう答えた。
そこは恥じらいも熱も籠められてはいない、世の中の嫁がすべてそうであるかのように、イルミはさも当たり前に束縛する。
半年に渡る監禁の末、マリが折れて結婚に至った経歴を考えれば、マリがイルミの束縛の強さを知らないわけがなかった。
異常なまでの執着心は彼の性癖ともいえるもので、何が起因でそうなったのかは定かでないにしろ、愛するものをすべて自分の手の中に仕舞っておこうとする。
小さな子供が蝶を捕まえて、掌の中に閉じ込めておくように、そっと。
別にイルミは愛する者をどうするつもりもない、ただ生きて、傍にあることで安心するようだった。

彼の愛する弟、キルアが家出をしてから、イルミの性癖の矛先はもっぱらマリに向かっていた。
一方のマリは束縛されても、特にどうも思わなかった。

「それで、マリ。君の相手は誰?」
“197。3兄弟で来てた人の1人だとは思うけど、どれかまでは分からない”
「ふうん。まあ適当に狩ればいいか」

マリは生粋の引き籠りだ。
ペンと紙と机、それから本があれば、どこに何時間いても気にならない、24時間監視されていようが何だろうが。
それこそ、大樹の洞の中で2,3日引き籠っていることもそこまで気にならない。

「じゃ、マリの分も狩ってくるから。ここで待ってて」
“あ、ついていかなくていいの”
「いいよ。マリいても邪魔だし。さっさと終わらせよう」
“率直。その通りだけど”

苦笑いしながら、マリは暗い洞の中で念文字を書いた。
青白い文字がぼんやりと浮かんでいるのを確認してから、イルミは洞を隠すように葉が付いたままの大き目な枝を置いた。
まるで閉じ込めているかのようだが、実際そうだ。
安全な場所に自分が帰ってくるまで無事でいるように隠す。
ただそれは捉え方を変えれば、マリでは退かすことができない大きさの枝で閉じ込める。
そうすることで、お互いがより良くいられる、2人はその共通観念の中で生きていた。

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