8.
突然の展開に、マリは目を白黒させるほかなかった。
第4試験の説明を聞いている最中に、床下に落下したのだ。
足元が回転式のパネルになっていたようで、足を踏み入れた瞬間にそれが回転して、落ちてしまった。
無論、隣いたイルミは置いて、である。

一晩イルミの隣でゆっくりと休んだため、疲れは残っていないのが幸いだが、参った。
ここで脱落が大いにある。
ただ、それはそれで悪くないかもしれないとマリは考えていた。
下手に大自然の中で置いてけぼりを食らうよりは、人に管理された建物内で放置された方がまだマシだ。

室内は薄暗くはあるものの、照明機能もしっかりしている。
コンクリートの叩きは罅や欠けは最小限であるし、管理自体はしっかりしているようだ。
そのコンクリートの壁に、1つのプレートが掲げられている。
そこには、クイズの道、と書かれていた。

『やあ、ようこそ、せっかちな受験者』

せっかちと言われる謂れはない。
別に急いでいたわけではなく、ただ運がなかっただけである。

マリはむっとしながらも、声を聞いていた。

『この道は、君1人で進んでもらう。クイズの道だ。間違えれば、強敵との対戦が待っている。正解なら、道を進むことができる…ただの道ではないがね』

クイズの道、つまらないバラエティー番組にありそうだ。
うまくいけば戦闘を避けられそうな試験であったことは幸いである。
ただ、正解の道が“ただの道ではない”というところだけが引っかかる。
ただの道ではないとすると、一体どんな道なのか。

マリは観音開きのドアを開けた、先は一本道だ。
薄暗いことに変わりはないが見えないほどではない。
障害物がないか確認しながら、マリは前へと進んだ。



正直、マリはクイズの道と言う試験内容にちっとも心配は抱いていなかった。
少し抱いていた心配事である、回答方法については問題がなかった。
問題の掛かれたプレートの下にパネルが設置されており、それに入力することで答えることができるシステムだった。
声を出すことができないマリにとっては、幸いなシステムだった。

更に幸いなことに、学者である前に、マリは知識と言うものが大好きだった。
知識を集め、突き詰めることに快感を覚える性癖があるマリは、とにかく様々なことを調べる。
解読できない、不確定なことが苦手で、とにかく理解しようとする。
その性癖もあり、マリは知識に関しては豊富な方であると自負している。

その自負は確かなもので、今のところ、一度もクイズに間違えることはなかった。
そして、問題の正解の道がただの道でないという点についても、問題はなかった。

“トラップ、ね”

トラップの種類は様々、迷路から始まり、飛び道具、足元にめぐらされた有刺鉄線。
人が関わるものではないにしろ、地味に人を傷つけようとするような内容ばかりだった。
マリにとって最も面倒だったのは、迷路だ。
迷いはしないものの、直線距離ではそんなに遠くないはずのゴールが非常に遠かった。
お陰様であまり良くない膝が限界を迎えようとしている。

『最後のクイズだ、受験者。エルビス・オングが提唱した、時空領域における重量場方程式の名称は』

答えは簡単だ。
なんたって、その公式は過去の自分が異世界で学んだ数式をこちら風にアレンジして提唱したものなのだから。


ヒソカは純粋に驚いた。

マリが消える瞬間を、ヒソカは少し離れた場所から見ていた。
イルミの後ろに下がろうとしたその一歩で、マリは床下に落ちて行った。
マリが一瞬でいなくなったことにイルミもすぐ気が付いたが、追い付かなかったらしい。
彼が珍しく動揺している一瞬をヒソカは見逃さなかった。

1人で試験を合格できる実力は持ち合わせていないと、イルミとマリ本人から聞いていた。
だから、1人きりになったらそれこそ合格できないだろうと思っていたのだ。
そのマリが自分の次に3次試験を合格して戻ってきた。

戻ってきたマリはパチリとヒソカと目を合わせた瞬間、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「やあ
“どうも…”

マリは自分の攻略スピードがどれだけ早かったのか分からなかった。
ただ自分の体力が持つ程度にゆっくり進めていたので早くはないと思っていたのだが、勘違いだったらしい。
まさかまだヒソカしかゴールしていないとは思いもよらなかった。
イルミはいるかと思っていたのだが、彼は彼で少し手間取っているらしい。

マリは嫌々ながらもヒソカの傍に寄った。
理由は一つ、他の受験者に声を掛けられないようにするためだ。
声を掛けられても答えられないし、変なことをされるのも避けたい。
ただ、ヒソカに寄りすぎるのも嫌なのである程度の距離は保って座った、足がもう限界だ。

「マリはどんな試験だった?」
“クイズ。戦闘はなかったからセーフです”
「なるほどね

おおよそ9時間程度が経過している。
ヒソカと会話をしながらも、眠気に耐えるのに必死だった。
会話をしていてもうとうとしてしまうくらいだ、会話をしていなければ寝てしまうだろう。
早くイルミが帰ってこないかと思いながらも、マリはヒソカと話をした。

辺りには誰もいない、試験官もここは見ていないらしく視線も感じない。
感じるのはヒソカの視線と、声だけだ。

「ところで、マリとイルミってどうやって出会ったんだい?巡り逢わなさそうな2人だけど

暗殺者と学者の組み合わせなど聞いたことがない。
それもそうだろう、マリ自身、まさか出会うなんて思っていなかったし、何より結婚するなんて思いもよらなかった。

2人の出会いはドラマチックでも劇的でもなく、ただ淡々と始まり、平坦に続き、ずるずると結婚に至った。
マリ自身、結婚しているという感覚はほぼなく、意外と2人一緒にいる時間は短かったりもする。
実は、イルミとここまでずっと一緒にいるのは初めてなくらいだ。
2人とも仕事が忙しく、また休みという概念もほぼない。

“秘密”
「そう…ザンネン

暗殺者と学者が出会った話は、また今度、同じ質問をされたときに話すとしよう。
マリはそう決めて、口を噤んだ。

ここまで、誰かが来る様子もない。
ヒソカとマリの合格時間はそれほどに早かったということになる。
彼の隣で無防備に寝ることは、あまりよろしいことではない。
既婚者としても、念能力者としても、だ。
マリは何とか耐えようとしていたが、残念ながらごく一般人の体力ではハンター試験の疲労と眠気に1時間も耐えることはできなかった。


イルミよりも先に試験を通過して、尚且つ、ヒソカの隣ですやすやと呑気に寝ているマリの姿は衝撃的だった。
マリが1人で試験に挑むことになってしまった時は、それこそ、もう諦める他ないと思っていた。
諦めていたからこそ、イルミは道を急ぐことなくマイペースに進んでいたのである。
それが、まさか、マリまで通過しているとは一寸たりとも考えていなかった。

マリにしては珍しく、壁に凭れて座ったままの姿で寝ている。
普段はすぐに横になるというのにそれをしなかったということは、彼女なりにヒソカを警戒していたということだろう。
意外とマリは貞操感が強い上に警戒心も高い。
そのマリの隣で、ヒソカが楽しそうに彼女の周りの壁を破壊しようとトランプを投げつけていた。

「何してるの」
「やあ、イルミ。遅かったね

マリの周りには常に壁がある。
言葉による比喩ではなく、実際に念の壁が聳えている。
それはマリの身長の10センチほど上から始まり、180×80×80の大きさで彼女を包み込んでいる。

マリはこの念能力で自身の身を守っている。
彼女の“机上の空論(ブラック・ボックス)”は起きているときも寝ているときも、仕事をしているときもいつだってマリの身を覆っている。
その念で作られた箱は、彼女の理論上、一切の攻撃を受けつけず、燃えることも凍ることも崩れることも腐ることも拉げることもない。
だから、イルミはマリが脱落することにあまり危機感を覚えなかった。

だが、ヒソカにその念能力を調べられることには危機感を覚える。
マリに興味を持たれすぎると面倒だ。

「面白いね、この壁。何をしても壊れない

ヒソカはいくら叩いても壊れない壁を面白そうに眺めた。
ただ、いくら殴っても壊れないだけの壁と言うだけでは面白みに欠ける。
壊れないものを殴りたいなんて、そんなのは、その辺の岩でも殴っていればいいのだ。
そうではない、ヒソカがしたいことはそんなことではない。

この壁の秘密を暴き、あわよくば、その壁の内側にいる人間と戦いたい。
それがヒソカの願いであり望みであり、期待だった。

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