6.
橘は去年も同じように桜井の手伝いをしに来たらしい。
その時に行った、見晴らしのいい場所を覚えている。
海岸沿いにある、ちょっとした小高い丘を登りながら橘はそう説明した。

丘の天辺に向かうための階段は簡単に土を掘って段差を作り、木でそれを固定しているだけの簡素なものだった。
暗くなり始め、足元が見にくい中、紘子は恐る恐る階段を登った。
前を歩く橘は階段なんてないようにすいすい進んでいく。

「頭の上、気を付けろよ。枝が出てる」
「あ、うん…?」

足元に気を取られていた紘子はふと顔を上げた。
確かに頭上に太めの枝が飛び出ていて、ちょうど橘はそれをくぐっていた。
ただその枝は橘のちょっと上あたりの高さにあって、紘子の頭には引っかかりそうもなかった。
ただ、背の高い男なら確かに引っかかるだろうという高さ。
去年は部活の人と一緒に行ったというし、石田なんては背も高いから、きっと橘がそう注意したんだろう。
人のことを思いやって行動することの多い橘らしい一言だと思いながら、紘子はその木をくぐって、橘の背中を追った。

いつのかにか人々の雑踏はほとんど聞こえなくなり、その代わりに浜に打ち寄せる波の音らしき低い響きが聞こえるようになった。
最後の一段、紘子の手を引いて迎えてくれた橘はほら、と指をさした。
指差した先には、小さな広場があって、広場の地平には海が見えていた。

「え、こんないいところなのに人がいないの?」
「まあ、ここは天辺じゃないからな」
「そうなんだ」

曰く、丘を登るルートは2つあって、そのうちの人が来ない1つのルートの中腹辺りの広場らしい。
だから人がいないのだと橘は話した。

荷物は桜井たちに殆ど任せて、持っているものは携帯だけだ。
橘は持ってきていたレジャーシートを広場の隅に敷いて、紘子に座るように促した。
そこからは海が一望できて、下にはたくさんの人が見えた。

「橘の友達って、背が高い人が多いの?」
「ん?まあ、そうかもしれないが…なんでだ?」
「さっき、木の枝に引っかからないようにしろって言ってたから。私は引っかからない高さだったけど、そういうところよく気にしてるなって思って」

どっかりと紘子の隣に座った橘に、先ほど気になったことを話してみた。
ついでに橘の友達事情を聞きだせたら、という下心もあった。
海岸線を見ていた紘子は橘の方へ振り返った。
彼は、レジャーシートの上で胡坐をかいて難しい顔をしていた。

その表情を疑問に思いながらも、紘子は橘の隣に座った。
辺りは徐々に暗くなってきていて、広場に1つだけある街灯の灯りだけが彼の顔を照らし出していた。

「…そうだな。前の学校で一番仲が良かった奴が背が高いわりに抜けていてな」
「そうなの?」
「ああ。図体はデカいくせにぼんやりしたところがある奴だ」
「何それ、トトロみたいな?」

190以上あったからな、と苦笑いした橘の顔は穏やかで、本当にその人と仲が良かったのだろうことが伺えた。
その後も橘はその友人の話と九州での暮らしを話してくれた。
普段は溌剌に笑ったり、澄ました顔をしたりしている橘が懐かしそうに嬉しそうに、その話をするのを、紘子は見ていた。

色々な話を聞かせてくれた。
九州であったテニスの試合のこと、その時に一緒にその友人…千歳とタッグを組んでいたこと、自由奔放で放浪癖があった彼を追いかけていたこと。
今とは違う生活と、友人。
思い出し笑いの端には、幸せだったことが伺えるえくぼがあった。

「俺ばかり話して悪いな」
「えっ、ううん、平気。本当に橘はその人が好きだったんだなあって思ってたの。いいね、そういうの」

気になるところに質問を挟んだ、ちょうどいい会話だったと思う。
普段、あまり口数の多い方ではない橘が喋ってくれるのが嬉しかった。
男同士の友情は想像していたよりもあまりにも抜けていて、普通で、面白い。

橘をこうもお喋りにしてしまうほどの影響力を持った千歳。
きっと橘は彼が好きだったんだろうと思った、そう思ったのだ。

「…そうだな。あいつとは本当に気が合った」
「橘さん!紘子さん!お待たせしました!」

だから、そう切なそうな顔をして答えられた時、どうしていいかわからなくなった。
その顔は今まで見たどの表情よりも、思慮深く諦観を帯びた笑みで、彼を想い出していた。
その一瞬で、熱かった場の空気が凍った。
肯定も質問もできないまま、止まっていた。

ただ、その沈黙は長くは続かなかった。
真意はやってきた桜井たちの笑顔で掻き消され、そのまま蓋を閉じられて、遠い未来まで持ち越されたのだ。
聞いておけばよかったと思うことはなかったから、これでよかったと思っている。
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