10.
私の回想を切り裂くように、赤いパトランプが追いかけてきた。
不愛想なサイレンが追いかけてくるのを、舌打ちで出迎えた。

「コラァー!お前ら速度制限守れよ!彼女さんの命が乗ってるんだから!」
「いや!後ろにいるの彼氏なんで!でもこれから大切な彼氏のところに連れてくとこなんです!なんで安全運転心がけてます!」
「ハァ!?何を言ってるんだ!安全運転の割にはスピード出しすぎだから止めてるんだ!」

パトランプを回すパトカーの助手席から顔を出したのは、やたらに熱血っぽい警官だった。
似合わない警帽を必死に押さえながら、メガホン片手に注意をしてきていた。
結構な速度、フルフェイスも相まってこちらも大声で対応せざるを得ない。
こちらの雰囲気をぶち壊してくれた警官に殺意しか沸かない。

柳沢と名札のついた警官はメガホンを持ったまま、止まれと言ってくる。
ただ、パトランプとサイレンのせいで声が届きにくいこともあり、会話ができる状態ではない。
私と警官もずっと叫ぶように会話するレベルだ。

何も言わない桔平の代わりに私が事情を叫ぶことにする。
罰金でも切符でも後でたっぷり話は聞こう。
ただ、今は少しでも早く大阪に行かないといけない。

「これから桔平を大阪の千歳のところに送り届けるんだっての!ほっといて!」
「…過激な彼女だなあオイ!」
「これでいて最高の女なんだ」
「はー…分かった!その代わり、俺らが安全のために並走する!」

パトランプとサイレンを止めて、パトカーは私の愛車の少し後ろを走るようになった。
どうやら見逃してくれるらしい。
確かに今走っている名神高速は事故が多いことで有名な道路だ。
もちろん気を付けてはいるが、追突や玉突きなどに会ったら十中八九、単車乗りは助からない。
そういったケツ掘り行為を防いでくれる意味でも、背後にパトカーがいるのは安心かもしれない。
警官の顔はあまり好みではないけれど。

夜の高速の街灯の灯りが波打つように、私と桔平が乗るバイクに当たる。
その手は微かに震えていたけど、バイクの振動がすべてを打ち消していた。

「俺はここまでだ!あばよ!いい夢見ろよ!」
「どうも!」

大阪に付くと、パトカーはどこかへ行ってしまった。
京都あたりからついてきていたから完全に所轄外だろうに、最後まで私の心配をしてくれていた。
とてもいい人だけあって、仕事的にあんなことをしてしまっていて良かったのか、心配だ。
そんな、どうでもいいことを考えていないと泣いてしまいそうだった。


伊丹空港の朝のロビーは人気が少なかった。
最近国際空港が別の場所にできたからか、ソファーでごろ寝している外国人の姿もない。
だから、背の高い千歳の姿はすぐに見つけることができた。

大きな桔平の手を引いたことなんて、今までなかった。
いつだって桔平は私の前に立って、私の手を引いていたんだ。
ゴツゴツしていて肉刺だらけの手は私にとって、かけがえのない温もりだった。
その手を離すときが目前に迫っていた。

「千歳…!」

7時55分のフライトまであと20分だというのに、千歳はまだ出発ゲートに向かっていなかった。

展望デッキの影でぼんやりと滑走路を眺めていた千歳は、ぱっとこちらを振り向いた。
一歩、千歳が歩を進める、朝日に細く柔らかな黒髪が透けた。
手をつないだままの私と桔平は、庇の掛かった出入り口付近で立ち止まってしまった。
久しぶりに見た千歳の姿に、物怖じしたかのように。

「桔平?どうしてこげなとこに…」
「…千歳、」
「…いや、分かとった。こげんことになるんは。」

先読みの得意な千歳だからこそだろう、この展開を予測はしていたみたいだった。
だけど、それは可能性の1つであって本当にそうなるかは分かっていなかったと思う。
それでも、千歳は“分かっていた”といった。
分かっていたから、受け入れることができると、そう告げた。

桔平の指を絡めていた自分の指を解いていく。
私が雁字搦めにして、常識に囚われて、繋ぎ留められていた桔平の気持ち。
今それを、彼に返さないといけない。

「千歳。桔平を、よろしくね…!」

解けそうになる私の指を、桔平は再び結ぶことはなかった。
完全に離れた指と指、温もりの消えた手のひらを握りしめて、精一杯笑って見せた。
戸惑うように空を掻いて、私の指を掠る桔平の手を握り返すことはない。

千歳は、私の言葉に、ああ、と答えて微笑んだ。
それを見届けてから、桔平の隣を通り抜けて展望デッキから去った。
前を向けていたらカッコよかったかもしれないけれど、真っすぐ前を向いていたら涙が零れてしまいそうで、俯き気味に早足で白い床を蹴った。

桔平の姿を振り返ってみることはない。
俯いた私の目には、一歩を踏み出したNIKEのシューズがちらと映っただけだった。

駐車場で涙を零さないように見上げた、抜けるような青空に掛かった一筋の飛行機雲。
17年間、恋をして、捧げて、共に歩こうと笑いあった日々。
悲しくないわけがない、だけど私はこの選択を後悔することはないと思う。
いつかあの2人ともう一度出会ったときに、笑ってこのことを話せるように。

誰も使うことのない2つ目のフルフェイスをシートの下に仕舞って、思いっきりスタンドを蹴った。
軽くなった愛車に跨って、空港を去った。

もう誰も、愛車の後ろに乗せることはないだろうなと思いながら。
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