8.
高校3年はあっという間だった。
小石川は東京の大学に受かって上京するらしい。
紘子もまた、東京の大学に受かっており、引越しを控えていた。

卒業式も終えた、春休みは暖かくてぼんやりとする日々が続いた。
小石川も引っ越し準備でバタバタしているらしく、あまり会わない。

「そろそろ会いたいんだけどな…」

学校がないとこんなにも会わないのか、と紘子は少し不安に思った。
何しているのかとメッセージを送ってみたが、15分経っても連絡がない。
前はしつこく連絡すると怒るかなと思って控えめだったけど、小石川が何も言わないから今は不必要なスタンプをバンバン押してみたり、顔文字をたくさん送ってみたりして遊んだりしていた。

大抵の場合は、小石川が根を上げて、ええがげんにせえ!というお笑い芸人のスタンプを送ってきて、そこで打ち止めになる。
そのあとは普通の話をして、じゃあ通話しようかなんて流れになったり、そのまま寝ちゃったり色々だ。

ただ、その時は一切、既読が付かなかった。
紘子はまた不安になって電話をかけてみたが、電源が切れているというアナウンスが流れるばかりだった。


結局、そのメッセージに既読が着いたのは、夜も更けた頃だった。
今までの流れを全く無視した、話がしたいというメッセージに嫌な予感がしたのは当たり前のことだと思う。

『すまんな、紘子。遅い時間に』
「ううん、平気。健二郎。お昼に連絡取れなかったみたいだけど、どうしたの?」
『大事な話をしとって、電源切ってもうたんや。ほんま、すまん』
「そっか、空気読まなくてこっちこそ、ごめん」

中学から小石川を見ている紘子は、その言葉をすぐに信じた。
彼が嘘を言えるタイプではないことを理解しているし、心配をかけたことに対して本当に申し訳なく思っているようだった。
特に事故に会っていたとか、事件に巻き込まれたとか、そういうものじゃなくて本当に良かったと、その時は安堵した。

『そんで、紘子。明日時間あるか?』
「あるよ。どこか行く?」
『…いや、ちょっと話があるんや。迎えに行くさかい、家で待っとってくれへん?』

喉まで引っかかった言葉が出てこない。
わかった、と今まで通りに言えばよかったと思うけど、なかなか言えなかった。
ちょっと震えた声であーうん、としか言えなかった。


次の日、家の前で待っていると小石川が自転車でやってきた。
いつぞやに一度2人乗りをして以来、本当は校則違反のそれを健二郎は時々やってくれた。
車と人通りの少ないうちの近くだけだけど。

「昨日はすまんかったな」
「ううん、平気。むしろこっちこそごめん、スタンプ押しまくって…」
「ええねん、いつものことやん、結構あれ好きやったんやで」

過去形になっている語尾に気づいてしまった時、紘子は泣きそうになった。
健二郎の背中に額を押し当てて、彼の熱をできる限り身体に感じるようにして、涙を堪えた。
自転車は、紘子の家の近くの公園に止められた。
春先で、桜が綺麗だ。

初めてのデートの時に、桜を見に来ようと言って以来、初めて2人で見た桜だ。
健二郎は紘子の手を握ったが、彼女の手はとても冷たくて、ドキッとした。
華奢な手にはもう慣れたと思っていたが、罪悪感で胸が苦しいからか、ひどく緊張していた。
健二郎は俯いている横顔を見ていらず、桜を見上げた。

「めっちゃ桜、綺麗やな」
「…そうだね」
「…すまん、紘子。あんまり話、伸ばしても辛いだけやな。別れよう」
「なんで…?いきなり別れようなんてどういうこと…!?」

紘子はこうなることをある程度予想していた。
だが、健二郎のはっきりした物言いに戸惑ったのも確かだった。

いつも穏やかで物事もあまりはっきりさせないこともあった。
そんな健二郎のまっすぐな言葉を、紘子は飲み込みきれなかった。
ただ、健二郎の手をぎゅっと握って、下を向くばかりだ。
綺麗だと言った桜を、紘子はいつまでも見ることができない。

「なんで…?」
「ほんま、すまん…。初恋が、忘れられんかったんや」
「初恋?」
「せやで。ほんまに好きやった奴が、分かったんや。今更やけど…もう思い出したら止まらんかった」

俯いたままだった顔を上げた、その瞬間、紘子は憑き物が落ちたように、すとんと言葉をすべて身体の底に落とし込むことができた。
大好きだった健二郎のまっすぐな瞳は、桜に向けられていて、その思いの強さがよく伝わった。
ただ、泣きそうな微笑みはいつかの春に見たのと、同じだ。

「…もしかして、白石くん?」
「…さあ、どうやろ?」

フラッシュバックした光景は、桜と窓を背にした、卒業式の日、中学の教室の中にいた小石川の姿だ。
あの時に泣きそうな顔で笑っていた、小石川。
教室に行くまでの間にすれ違った、白石。

意地悪そうにはにかんだ健二郎に、紘子も笑うしかなかった。

「健二郎が本当に好きな人なら。…幸せになってよね」
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