6.
小石川健二郎という人は、奇遇にも3年間クラスが一緒だった。
そして4年目に当たる、今年。
高校1年のクラスは別だった。

「うーん、残念」
「せやな。でも隣やから、ええんちゃう?」
「確かに。棟挟むと面倒だしね」

A組とB組で別れた蘭と小石川だが、C組からは渡り廊下を挟んだ隣の棟になってしまうことを考えるとまだマシかとほっとした。

お互い教室の前で別れて、紘子は後ろのドアから教室に入った。
中学よりも一クラス分の人数が少ないことに驚いた。
真ん中の列、前から3番目が自分の席で、この立地だと小石川を呼びにくいなあと、眉を顰めるばかりだ。
ちなみに前の席は見慣れない金髪で、ワックスで整えられたべたついた髪の持ち主だった。
小石川のすっきりとした爽や友子が恋しくなった。

そんな話を小石川にすると、少し顔を赤くして、さよか、と答えるだけだった。
あまりに可愛らしい反応にこちらが赤面するくらいだ。

「せや。この間、親に植物園の入園チケットもろてん。今度行くか?」
「あ、行きたい。部活が忙しくなる前にデートだね」

デートという言葉に過剰反応するところとか可愛い。
付き合ってみてわかったが、(いや付き合う前からそんな気はしていたけど)小石川はびっくりするほどウブで可愛いなんてものではない。
女子の私よりもずっと女子らしく、細やかで気が回る。
小石川という男を知らないなんて、なんて損しているんだろうと思うくらいだった。

その小石川が自分からデートに誘ってくれるとは、と紘子は内心うきうきしていた。
顔を赤くした小石川が、今週末な、というのですぐに真っ白な手帳に書いた。



考えてみたら植物園デートなんて高校生紘子るものじゃないかもしれない。
正直、植物に興味がある方ではないし、知識もない。
だけど小石川と行けるならいいか、という考えだった。

電車とバスを乗り継いでついた植物園は、思っていたよりも近代的な建物で驚いた。
公園の中にある施設で、施設内の植物も綺麗だったけど、周りの公園を散歩する方が楽しかった。

「あ、テニスコートある」
「ほんまや」

公園の中にはテニスコートがあって、小石川が楽しそうにそっちに駆け寄って行った。
基本的に、テニスと彼女だとテニスを優先するみたいだ。
苦笑いしながらついて行って、ラリーを見ている真剣だけど興奮したような小石川の横顔をずっと見ていた。
小石川は紘子の視線に気付く様子もなく、ラリーをしている老夫婦の様子を見ていた。

一番手前のコートで繰り広げられているのは、老夫婦と50代くらいの夫婦のダブルスの試合だった。
年齢的には明らかに50代の夫婦が優勢なはずなのに、試合の運びは老夫婦がリードだった。
食い入るように見ていたが、結果として50代の夫婦が勝った。
後半、体力が持たなくなった老婦人をご主人がカバーしていたが、途中棄権となってしまったようだ。

「はーすごいな、あの歳であの動きできるんか」
「私だったら無理だわ」
「そないなことないやろ。廣道にテニス、今度教えたるわ」

小石川はテニスの試合に夢中みたいだったけど、紘子は仲睦まじい夫婦に自然と惹かれた。
いつかは私もああいう風な夫婦になりたい、できれば、隣の小石川と。
なんて、昔は可愛らしく思っていた。
いつか一緒にテニスができたら、それで、老後もテニスを楽しみに生きていけたなら、と漠然と幸せな未来を考えていた。

テニスの試合を見終えて、また小石川と意味もなく公園の中をぶらついた。
話は途切れることなく、大して面白くもない話のはずだけど、楽しくデートをしていた。
手を振るたびに、ちょっとだけ小石川の手と紘子の手が触れると、その度に指先が空を掻くような、初心なデートだった。

「…手、繋いでええ?」
「うん、」

こちらを見ることもなく、大きな手が自分の手を握った。
ちらと見上げた耳が燃えるように赤くて、こちらまで顔が熱くなった。

「あ、この辺、桜の木ちゃう?」
「ほんとだ。並木かな。春はすごそうだね」

照れ隠しをするかのように、小石川は大きめな道に植わっている木を仰ぎ見た。
手に夢中だった紘子もつられて上を見た。

もうすっかり葉桜になっているから気づかなかったが、並木はすべて桜のようだった。
青々とした葉桜から零れる木漏れ日で、少し目がチカチカした。
遠くで、来年の春は桜を見に来ようという小石川の声を聞いた。

結局、春の時期は小石川の部活が忙しくて、彼とは一度だって桜を見に行くことは叶わなかった。
紘子と小石川の恋愛において桜は妙に無縁で、最後まで2人で花見をすることはなかった。
見に行った思い出はないけれど桜が小石川の象徴なっているのは、始まりも別れも桜と共にあったからだろう。
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