4.
2年の一大イベント、修学旅行。
黒板には、男女4人ペア×8班と書かれていて、委員長が騒がしい教室を静めようと布団が吹っ飛んだというどうでもいいギャクをしている。
寒い空気は流れるが、静かにはならない教室内に委員長が泣きだしたのをよく覚えている。

外部受験も多い四天宝寺では、結構早い時期に修学旅行に行く。
行き先は九州だった、行ったことがないからちょっと嬉しかった。

「東京じゃなくてよかったー」
「せやなあ。東京やと実家帰るようなもんやろ」
「そ。でも、みんなで行くならまた違ってくるのかもね」

前の席の小石川は丁寧に椅子を引いて、半身をこちらに向ながら話す。
近くの男子はみんな、椅子を半分浮かせて後ろを向くのに、小石川はちょっと丁寧だ。

やがて学級委員長が、とりあえず4人グループを適当に作ってやーと声を掛けたので、教室の中は一気にうるさくなった。
小石川と私は席を立つかどうか迷ったが、大勢のクラスメイト達が移動していたから、座って様子を見ることにした。

「健二郎ー、一緒に九州行くやろ?」
「ええで、白石。あ、廣道も一緒に行くか?」
「いっ、いいともー」
「無理せんでええんやで、廣道…?」
「いや…ごめん、そういうフリかと思った」

2人で様子見をしていると、黒板近くの席から白い包帯の腕が左右に揺れているのが見えた。
慌てて席を立とうと思ったが、間に合わず。
白石と鉢合った。

白石のことを説明すると、ただのイケメンである。
成績優秀、イケメン、テニス部、この三つを兼ね備えた才色男。
修学旅行というビッグイベントを迎えるにあたって、誰しもがぜひとも自分のグループへ!と引く手数多なイケメンである。
つまりはイケメンなのだ、犬も食わないイケメン、それ以上でもそれ以下でもない。
そのイケメンとまさかの同じ班になるってどうなんだろう、と紘子は考えた。
正直、あまり好ましくはない。
1年の時、何も知らない小石川を利用してまで遠ざけた相手を、まさか2年目に小石川が原因で近づくことになるだなんて思いもよらなかった。

小石川が心配そうに紘子を見ていた、彼は何も知らないだろうけど、ちょっと恨みたい。
まあでも、仕方がないと意を決して、紘子は浮かしかけた腰をもう一度椅子に固定した。

「なんや、健二郎。早速女の子捕まえとるん?ジミーかと思ってたんやけど、飛んだダークホースやわ」
「廣道はもともと同じクラスやし、出席番号も近いんやから仲良うもなるやろ」
「せやなー」
「廣道、なんで微妙に距離あるんや…」

ダークホースが小石川なら、白石はホワイトホースに乗ってさっそうと現れそうだなと遠巻きにこちらを見ている女子の視線を避けるように遠い黒板を見つめた。

もともと小石川と白石の仲がいいのは、紘子もわかっていた。
分かっていたけれど、すっかり忘れていたのを後悔したがもう遅い。

「あ、友子…」
「えっ…え、そういう感じ…?」
「お願い…ねえ、友子も一緒でいい?」
「ええで。よろしゅう、友野さん」

その遠巻きの女子の中にいた友人の友子に手招きして隣の席に座らせて、修学旅行の班は出来上がった。
友子も正直ビビりっぱなしだったが、道連れは絶対必要だ。
紘子にとって女友達といえるクラスメイトは彼女くらいだから、これは決定事項だった。

白石どころか小石川、ひいては男子と殆ど話をしたことがない友子はおろおろしながら、よろしくお願いしますと畏まった様子だ。
可哀想なことをしたような気もしたが、そもそも友子もまた、友達が多くはない。
爽やかな白石の笑顔にあてられたらしい友子は、そそくさとタイミングよくやってきた先生の手にあるしおりを取りに行ってしまった。

「えっ、自由行動多いね…?」
「ウチはそんなもんらしいわ。先輩が、かなり予定建てるんが大変やって」
「そうなんだ…」

友子が人数分のしおりを持ってきて、開いた瞬間に驚いた顔をした。
2泊3日の修学旅行のうち、団体行動は1日のみ。
それ以外はすべて自由行動という、殆ど真っ白なしおりだ。

四天宝寺ではこれが通例のようで、事前に話を聞いていたらしい白石はマイペースにそういった。
しっかりとしおりの隅から隅まで読んでいるらしい小石川は何も言わない。

「ま、安心してええで。小石川班長がしっかりガイドしてくれるわ」
「白石が班長やろ、ここは」
「ええやん、こういう時くらい逆でも」

白石に声を掛けられてようやく小石川は顔を上げた。
胡散臭そうに白石を睨む小石川だったけど、白石は動じず、ええやんと笑うばかりだ。
白石が何をしたいのか、紘子には分かりかねた。
小石川は困った奴だなあと言わんばかりの顔で、しゃーないな、と言いながら班長の欄に自分の名前を書いた。

そこではっとしたように、友子が慌てて私紘子るよ、と言い出した。

「部活で忙しいでしょ?」
「あー、大丈夫やって。部活にかこつけて何もせんのも悪いわ」
「じゃあ、名前は小石川にして、会議とかそういうのあったら私たちが代理で出るよ」
「や、それはあかんわ。申し訳ないし。そんなに班長やることないやろうし」
「せやで。平気や、副班長、俺やるしな」

確かに、1年の時は朝練を理由に日誌を取りに行く作業をした。
2年とあれば、夏の大会もあるだろうし、2人は忙しいはずだ。
友子が必死になっているのは、それを思ってのことだろう。
気の回らない紘子はそこに気づいていなかった。

ただ、2人は大丈夫だと言い切った。

「その代わり、予定立てるのはやってもらえん?女の子に喜んでもらえるデートコースなんて健二郎は知らんやろうからな」
「うっさいわ」
「連絡も健二郎と俺なら取りやすいし、ええと思うんや」

まあ、同じ部活ということもあって2人の方が連絡取りやすいというのには納得した。
小石川の肩に手を乗せた白石は、な?とこちらに微笑んでくる。
どこか、それでいいだろ、と決定を促すような笑顔だったので、紘子も友子も何も言えずに頷くばかりだった。

その日は班の役割分担と行きたい場所のピックアップだけで終わった。
騒がしいクラスの中で、携帯を使って行き先を調べて、という作業は中々大変だったが、楽しくもあった。
計画は立てている方が楽しいもんや、と笑った小石川の言う通りだと思った。
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