3.
小石川健二郎は真面目だ。
遠目で1年間彼を見ていた紘子はぼんやりと角刈りの後頭部を眺めながら思った。
2年目の春、小石川のきっちりと分けられた角刈り(たぶん、今日のために散髪に行ったんだろう)が目の前に座ったとき、紘子は見慣れたものがあるおかげかそわそわすることもなくいられた。

1年の初めての日直の時に話して以来、ちょっと仲のいいクラスメイトの枠に小石川は居た。
多分小石川も自分のことをそう思っているだろうと紘子は思っていた。

「あ、おはよーさん。また同じクラスなんやな、廣道」
「そうみたい。よろしく、小石川」
「おー、こっちこそよろしゅうな。黒板見えへんかったら言うんやで」
「うん、ありがと」

くるっとこちらを見た小石川に、紘子は軽く挨拶をした。

黒板云々の話は去年、不幸にも白石の後ろの席になったときに黒板が見えないことをイケメン且つ人気者の白石に直接言うことができず、仕方なしに小石川に伝言したことに繋がっている。
お陰で小石川は紘子が控えめで大人しい女の子だと勘違いしたようだった。
実際のところ、紘子は白石に気があるとほかの女子に思われたくないがために小石川に伝言を頼んだだけで、性根は面倒くさがりでやる気のない女だった。
お礼を言っている紘子の心情を、小石川が知ることになるのはまだ先のことだった。

「あ、せや。廣道って甘いもん好きか?」
「好きだけど…」
「うちの部の奴が東京いったらしいんや。そんで東京ばななもろたんやけど、甘すぎて食べきれんから少しおすそ分けな」
「え、マジが。超地元」

小石川は見覚えのある黄色いパッケージを2つ手に持っていた。
東京のお土産といえば、これだと思う。
気まずそうに、あ、と笑顔を凍らせている小石川に、美味しいんだよ、と話しかけると苦笑いをしながらパッケージを開け始めた。

小石川の後ろ、黒板の前で1人の女子が何かを書き始めた。
紘子の視線に気づいた小石川もその黒板を確認した。

「あー、なんや。ホームルーム遅れるんやて」
「そっか。まあラッキーかな」

ゆっくりできると思ったらしいクラスメイト達の話声が少し大きくなった。
皆、思い思いにおしゃべりをしたり、おやつを食べ始めたり、席を立ったりしている。
小石川もパッケージの中の黄色いバナナ風味のお菓子を食べ始めていた。
紘子もそれに倣って、一本口に運ぶ。
考えてみれば、東京に住んでいると東京バナナを食べる機会はあまりない。

バナナ味のお菓子が好きだった紘子は、意外とおいしいな、とのんきにしていた。
鞄から紅茶も出して、それなりに優雅な10時のおやつになる。

「廣道、もう一本食べるか?」
「いいの?」
「俺、これだけで十分やわ。ごっつ甘いし…」
「なら貰う。ありがと」

彼は、あまり甘いものが好きじゃないらしく、謙也も知っとるはずなんやけどなあ、と苦笑いしていた。
それでも、パッケージを開けて食べているんだから本当に人がいい。

「小石川は何が好きなの?」
「え?」
「好きな食べ物とか」
「…んー、変わってるって言われるんやけど。パセリ好きやねん」
「パセリ?あの、ポテトの脇とかにある?」

せやで、となぜか満足げにしている小石川を、紘子は微妙な顔で見ていた。
パセリを毛嫌いすることはないが、好んで食べようと思うことはない。
明らかに変わっている、言われることがあるというが、間違いなく言われるだろう。

小石川は紘子の顔を見て、真顔でパセリの素晴らしさを力説してきた。
曰く、パセリは何とかカロテンやビタミン何とかが豊富で美肌効果がある上に動脈何とかを防ぐこともできるという。
一見するとかなり身体にいい野菜のようだが、あれをサラダにして食べることはないだろうし、どれだけたくさん食べればその効果を得られるのか、紘子にはさっぱりわからなかった。
つまりは、胡散臭い。

「パセリはほんま、ええ子なんやで。あんな残されて飾りみたいにされることない、立派な野菜や」
「ごめん、めっちゃ長いボケかと思った」
「ボケちゃうわ!」

食べていた東京バナナがパセリ味になりそうなほど、熱心に話してもらった。
小石川の普段の真面目さを知っているから、今回のパセリの話も本当に好きで本気でお勧めしてくれているようだったが、もうその事実があってもなくてもなんだか笑える。
せっせとパセリについて調べる小石川の姿を思い浮かべると、紘子は笑いが止まらなかった。

紘子に笑われても、小石川は怒ったりすることはなかった。
廣道、ボケもうまくなったんちゃう?と真面目に言ってくれるところとか、パセリとかいう添え物を好きになっちゃうところとか。
面白い人だと思う、とてもいい人で見ていて飽きない。
あー今年も楽しいクラスになりそうだなと、紘子は東京バナナを齧りながら笑った。
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