2.
テニス部というのは、スクールカーストで言うと、てっぺんの方に所属する。
特に、四天宝寺中学の男子テニス部は全国的にも有名だから、野球部なんかよりもカースト制で言えば上だ。
だからこそ、自分には関わりのない奴らだと思っていた。

「悪いんやけど…朝礼とかは俺紘子るから、日誌だけ取ってきてくれへん?」
「…えっと、別にいいけど」

1年の時、引っ越し先の中学で初めての日直で一緒になった男子は今時流行りのワックスで自然に整えた頭髪などではなくて、堅物そうな角刈りでつまらなそうなやつだった。
中学に若干夢を見ていたから多少なりともがっかりしたし、ただ、現実なんてそんなもんだとも思った。

日直の欄で自分の名前の隣に書かれた、小石川健二郎という名前もまた、今時風ではない。
何もかもがちょっと古臭いような匂いがするクラスメイトだった。
彼は気まずそうに頼んできたことは、日誌を取りに行ってくれないかということ。

日直の仕事は、7時半までに先生の机に日誌を取りに行って朝礼前の準備を整えたり、その日に配るプリントを取りに行ったり、ゴミ捨てに行ったりする仕事だ。
いつも遅刻5分前くらいに学校に来ている紘子にとって、7時半の学校は未知の存在だった。
できれば朝一のその仕事はもう1人に任せてしまいたかったから、先を越されてちょっと不機嫌だった。

長さを持て余した黒髪の毛先をいじりながら、どうしたものかと考え込んでいると、先に小石川が慌てて弁解し始めた。

「俺、テニス部で朝練あるんや。抜けられないことはないんやけど…」
「あーそっか。ごめん、やるよ」
「ほんま?助かるわ。その代わり、他んことは俺紘子るから」
「ううん、平気」

四天宝寺は独特な中学で、文武両道を物理的に強制してくる学校だった。
本当に物理だった、兼部が強制だからだ。
ただし兼部は強制だ紘子る気を出すか出さないかは自由だった。
紘子は見紛うことなく、後者の人間で朝練には縁がなかった。

しかし、テニス部の小石川はそうもいかないだろう。
四天宝寺のテニス部は全国行きが当たり前の強豪で、しょっちゅう大弾幕が校舎に飾られていた。
事情を察して、紘子はすぐに日誌を取りに行く仕事を引き受けたのだ。

そして、案の定、間に合わなかった。
普段8時半に登校している紘子が、7時半に来るなんてあまりにひどい難題だった。
校門をくぐった時点で7時28分、無駄に広いテニスコートの脇を駆け抜けて1号館の職員室に滑り込んだのが32分くらいだった。

「おー廣道、来よったか」
「来よりましたよ…7時半ギリセーフですよねえ?」
「ギリアウトやろ、どう見ても」
「そんなことありません。ギリセーフですよ、ほら見てください私の時計!」

もう遅刻するとバスの中で悟った紘子は、携帯と腕時計、持っていたゲームも全部、時計を5分遅れさせた。
四天宝寺では暗黙のルールとして、先生を笑わせられたら、すべてが許されるというものがある。
だから遅刻寸前で駆け込んでくる生徒は皆、男子は野球のユニフォームだし、女子は食パンを咥えている。

今朝はおにぎりだったから食パンダッシュは叶わず、紘子のセンスのない頭で考えに考えた結果だった。
何とも微妙な顔をしてゲーム機を取り上げた担任のオサムちゃんは、その電源を付けて時間をちらと見てから、ため息をついた。

「ツッコみづらいボケすんなや、廣道。まあ努力を認めて、渡したるわ。お疲れさん」
「…その哀れみっぽい視線やめてください…そういうのが一番傷つくんですけど…」

大阪に生まれて大阪に育った人なら簡単なのかもしれないが、関東出身、大阪1年目の欄にとっては無理難題と言うものだ。
その事情をオサムちゃんは知っているから、このような甘い判定をしたのだろうけど非常に恥ずかしい。
他の先生たちに苦笑いを背中に、職員室を出た。
もう二度と、日誌を取りに行く仕事だけはやるまいと思いながら。


日誌を持って教室に戻ったが、誰もいなかった。
とりあえず持ってきた朝食のおにぎりを食べて、少し休んだ。
ついでに携帯で面白いギャグ一覧なるものを見ておいた。
この学校で過ごすにあたって、ギャグは必要不可欠なものらしいことがよく分かったから。

まばらにやってきたクラスメイトを見て、携帯は閉じた。
なんとなく、逆を調べていることが知られるのは恥ずかしいと思ったからだ。

「おはよ、廣道。…日誌、間に合ったんか?」
「間に合ったよ…一応」

でも大切なものを無くしたような気がするけど、とは言わずに小石川の心配そうな顔を見た。
どうやら、テニスコートの脇を走っている姿を見られたらしい。
あの時間じゃ間に合わないと、小石川はすぐにわかった、自分たちの全力疾走でもテニスコートからオサムちゃんのところまで行くのに少なくとも3分はかかる。

一応の言葉を聞いた瞬間の、小石川の微妙な笑いを紘子は未だに覚えている。
彼の、部活終わりの制汗剤と汗の混ざったの匂いも忘れていない。
意外と不快な感じがしないことにびっくりしたのを覚えている。
電車の中で、部活終わりの少年たちの匂いを嗅ぐと、絶対に思い出す、誰とも違う匂い。

それを3年間、紘子は身近に感じていたことがある。
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