10.
ガストの朝食が私は結構好きだ。
厚切りのトーストとバター、それから付け合わせのスクランブルエッグ。
普段、朝ごはんは和食と決まっている我が家では絶対にありえない、ホテルで朝食をとっているような気分になる。

タブレットを開いて、家でマンネリ化してしまっていた文章を書きだした。
環境が変わると書きやすいけれど、近所だと知り合いがいそうで恥ずかしいから、わざわざ自転車で30分かけて少し遠い隣町のガストへ通っている。
テーブルに置かれたサービスの新聞を隣に避けて、朝日の差し込む窓際の席でぼんやりと外で咲いている桜を見ていた。
視界にちらつくその花びらを、好きになれないまま24年経過した。

朝のガストの客層は大抵、高齢の男女やこれから出かける予定がある家族とか、そういう感じだ。
だから男子高校生らしき2人組が入ってきたときには少し驚いた。

2人は私の座っているテーブルから1つ離れたテーブル席に座った。
そしてすぐに、ドリンクバーだけを頼んでお互いカップを一つ持ってすぐにテーブルに戻ってきた。
高校生だとふざけてミックスジュースなるカオスなものを作り出すような輩もいるから、少し感心した。

「ほんま、久し振りやな。…卒業式以来か?」
「…せやな」

お客が少ないから、離れていても彼らの低い声が聞こえてくる。
1人はすっきりとした角刈りで、もう1人は今時風の爽やかなワックスで流した髪をしている。
後者の男子学生が私とテーブル1つ挟んで真向かいに座っているが、イケメンだ。
朝からいい目の保養になるなあと、その様子を見守っていた。

のほほんとしている私と対照的に、2人は久しぶりと言いながらも、どこかぎこちない。
本当に久しぶりなのだろうなあ、と思いながら事の成り行きを聞いていた。
会話をしているうちに、2人のぎこちなさはなくなって言っているようだったから、本当に仲がいい2人なのだと思う。

コーヒーを飲みながら聞いたところによると、どうやら2人は中学で同じテニス部の部長副で、高校で別れてしまったらしい。
また一緒にテニスがしたいとか、大学はどうするだとか、そんな他愛のない話をしていた。

その話の途中で、パートのおばさんが食パンを焼く機械が故障気味で、トーストが遅れると言ってきた。
別に時間はたっぷりあるから気にしないでくれ、と話しておいた。

「…なあ、あの時のこと、まだ有効やろか」
「お待たせいたしました、朝食セットです」
「あ、どうも…」

他愛のない話をしていた2人だが、角刈り君…健二郎と呼ばれていた男の子だ、彼が神妙そうな声で話し出した。
爽やかくん…白石と呼ばれていた、彼がきょとんとした顔をしていた。
そして、窓に一度視線を向けて、その大きな瞳を零れ落ちそうなほど見開いた。

そのタイミングで私の朝食は運ばれてきた。
普段からあまり愛想のないパートのおばさんだ、いいところでやってきたせいで2人は一度口を噤んでしまった。
殆どパートのおばさんのせいだけど、こちらが居た堪れない気持ちになった。
とりあえず聞いていませんよのポーズをとるために、トーストにバターを塗った。

「…それって、」
「都合がええのは分かってる。けど…お前と別れてわかったんや、お前のこと、俺、ほんま頼りにしとったんや。俺はお前を支えられるほど器用でも才能があるわけでもあらへん。せやから、白石に頼ってばっかで、支えられてばっかで、それが、ほんま、悔しかったんや」

トーストにバタースプーンが食い込む。
健二郎君の苦しそうな声が、私にも伝わってくるみたい打。
才能がありすぎる白石君と努力家な健二郎君のテニスに打ち込んだ3年の青春が脳裏をよぎる。

支えたいけれど、その力がないもどかしさ。
苦いその経験が今の、誠実でまっすぐな彼を作り出したに違いない。
ちらっと白石君の顔を見たら、泣きそうな顔をしていた。

「好きや、お前のことが」

おめでとう、白石君。
心の中でスタンディングオベーションだ、本当に現実なのかと疑うくらい、小説の実写みたいな青春の一ページ。
こっちまでほろっと来てしまう、歳をとると涙腺が弱くてしょうがない。
それを隠すように、ジャムのパッケージを開け、その拍子に指に付いたジャムを軽く舐めた。
甘酸っぱいイチゴジャムだ。
それをトーストに塗りながら、白石君の答えを待った。

ただ、先ほどのおばちゃんの様に、彼らを邪魔するものが現れた。
ヴーヴーとさっきから着信音が煩い。
慌てて私も携帯を見たが、私の携帯はいつだってサイレントマナーモードだ。
誰からも連絡が来ないから。

「け、健二郎、携帯鳴っとるで!彼女やろ!」
「今はええねん」

どうやらなっている携帯は健二郎君のものらしい。
シンプルな黒いスマホの電源をサクッと切って、彼は携帯を鞄に仕舞った。
男らしいけど、健二郎君、彼女さん居るのか。
まあ白石君もイケメンだし居そうだな、とは思う。

ジャムが塗り終わったので、トーストを頬張る。
サクッという小さな音ですら彼らの邪魔になりそうで、極力静かに食べ進めた。

「白石、まだ有効なら付き合うてくれ」
「…あ」

白石君、号泣してる。
健二郎君は、彼女とは別れる、本気や、と話していた。
彼は、今までどんな思いで彼女と一緒にいたのか、忘れられなかった初恋、声を掛けにくくてなかなか会えなかったこと、これからは一緒にいたいということを、しっかりと口にしていた。
男前すぎて、こちらが泣きたいくらいだ、私の彼氏もこれくらい男前な人がいい。

結局泣いている白石君の肩を抱いて、健二郎君は退店した。
あまりに印象に残る光景で、私の筆の進みもよくなったのは言うまでもない。



その次の日、彼氏に振られたと泣きながら言ってきた妹で尚且つ腐っている紘子を元気づけるためにその話をした。
話すかどうかは迷った、だってあまりにも創作っぽかったから。

「ってなことがあったんだけど。めっちゃ興奮したわ、ガストで」
「…マジで?健二郎?」

目を丸くした紘子は手に持っていたマグカップを割れそうなくらいに握りしめていた。
その目は涙で…ではなくて、普通に輝いている。
これは、すごく欲しかった作家さんの本が手に入ったときと同じ反応だ。

健二郎、と身近な人を呼ぶかのように角刈り君の名前を呼ぶから、彼が同じ高校とかの人かなと思った。

「心の中でスタンディングオベーションよ、マジで。彼氏に振られた心の渇きが潤うってもんよ」
「健二郎、昨日私を振った彼氏…!マジかあいつやったな!!」
「は!?」

よっしゃあ!と突然立ち上がってマグをテーブルに叩きつけた紘子に、下の階にいる母が静かにしなさいよ!と怒鳴りつけた。

イマイチ展開についていけない私が聞いた話によると、健二郎は紘子が高校1年の時から付き合っている彼氏だったらしい。
ここのところ元気がなくて泣いていたのは、その彼氏に振られたからだという。
白石君は中学の時の人だとか。

「いや、マジかー。ほんと幸せになって欲しいわ、あの2人」
「…紘子さ、それでいい訳?」
「いいよ別に。ってか、健二郎に“もしかして、白石くん?”って聞いたんだけど、曖昧に笑われただけで、答えてもらえなかったんだもん。気になってたんだ〜」
「あ、っそ…。まあ紘子がいいならいいけどさ」

まあ、気持ちは分かる。
彼氏っていうのは自分の一番の推しメンだし、幸せになって欲しいことは確かだし。

「せっかくだから、最初から聞かせてよ、この話!文字に起こしちゃうわ」
「マジ?何それ神?」

妹の恋愛を小説に起こすのは変な感じだけど、紘子にとってはこれが初恋で、本当は失ったことは悲しいはずだ。
だったらせめて、忘れないように文字に起こして、いつかそれを読み返してちょっと若い頃の気持ちを思い出したり、ときめきを取り戻したり、ちょっと繊細になるのだっていいだろう。
素敵な恋をしていたことを、忘れないでいて欲しい。

「できたら、すぐに渡すから」

大切にしまっておいて、いつか開いた時に紘子にとって幸せな思い出であるように。
甘酸っぱい恋の味をいつまでも覚えていてほしいから。
この桜の花びらのように透けそうなほど透明な桃色の夢を、あなたの手元へ。
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