06.U
去年の夏に聞いてきた、甘いものなら何が好き、の意図はその年の冬ごろに判明した。
リドルくんが学校にいる間、手紙と一緒に甘いものがついてくるようになった。
グミやキャンディなど、寒さに強く日持ちするものが贈られてくる。
曰く、頂き物で余ったもの、だそうだ。
学校の友達はそれなりに余裕があるから、色々ともらうらしい。
まあ、マルフォイ家もブラック家もお金に余裕はあるだろう、そりゃあ。

14歳になったリドルくんは、3年目の夏にアルバイトをすると言い始めた。
しっかり者のリドルくんだからこその発言だが、そこまでうちはお金に困っていない。

「いや、それは大丈夫だから。意外と私、収入あるんだよ?それに今、外は危ないからダメ」
「でも、名無しさんにばっかり頼ってたらダメだと思う」
「家のお手伝いで十分。大体、リドルくん、君まだ13歳!就労規則に反します」

納得のいかない顔をしているが、14歳でいったい何のアルバイトをしようと思っているのだろう。
確かに街中には仕事が沢山ある。
働き盛りの男たちは皆、兵役でいなくなってしまったからだ。
ただし、人が少ないから仕事量は増え、過酷になる。
どう考えても14歳のリドルくんにさせるべきではない。

何より私は今かなり仕事が多く、収入自体は安定している。
翻訳の仕事をしている私の元には、日本語の新聞や文書が沢山舞い込んでくるからだ。
敵情視察も英国にとっては重要なこと、より正確な翻訳を欲しがったらしい。
日本人である私を匿っているという情報を、政府の誰かが聞きつけたらしく、私の元に仕事が多く来るのだ。
祖国を裏切っているような罪悪感もあったが、生きるためには仕方がないと割り切っている。

閑話休題、とにかくリドルくんが外に出て働く必要はこれっぽっちもない。

「じゃあ家事は全部僕がやる」
「えー…」
「もう決めたから。料理だってできるし、掃除もできる。名無しさんは仕事に集中して」
「うーん…わかった。一回それでやってみよう」

一応、料理本はいくらかあるし、リドルくんならうまくやってくれそうではある。
ちょっと心配ではあるが、外に出してしまうよりは絶対にましだ。
そう思ってとりあえず一日、様子を見ることにした。

「…リドルくん」
「何?」
「将来いい旦那さんになるね…」

まあね、と鼻で笑われた。
1日様子を見ていたが、リドルくんはそれこそまあ、家事がうまかった。
私が1時間くらいかけてやる掃除を30分で終わらせ、洗濯物もサクッと終わらせ。
挙句の果てに、昼も夜も1人で料理を作った。
食糧難で食材が少ないにも関わらず、だ。
本当に14歳とは思えない。

「美味しい?」
「うん、美味しい。…私が作るより美味しいくらいじゃない?」
「そんなことないと思うけど」

下手したらリドルくんに家事で勝てなくなりそうだ。
勝ち負けではないとは思うが、なんとなく親としてどうなんだろうと思うところがある。
仮にも私はリドルくんの養母に当たるわけだし、もう少しリドルくんをきちんと子どもとして育てる義務があるわけだ。

これじゃあ、リドルくんはうちに来た意味がなくなってしまう。

「…やっぱり家事は私がやるよ、リドルくん」
「なんで?」
「リドルくんはもっと遊んだり、勉強したり、やることがあるでしょ?」
「別に…遊ぶ相手はいないし、夏休みの課題なんてすぐ終わるよ。僕じゃダメなの?」

リドルくんは苛立ったようにそういって、私に詰め寄った。
別にダメというわけではない、むしろやってくれたらありがたいけれど、やりすぎは良くないというか。
言葉に困って黙っていると、リドルくんは正論の追撃をしてきた。

「比較的暇な僕が家事をやるのはおかしいことじゃないと思う」
「それはそうなんだけど…」
「名無しさんは仕事をして稼いでくれてて、僕はそのお金で暮らしてるんだから、働かないと」
「それは違うよ、リドルくん」

そこは違う、と強めに突っぱねた。
リドルくんはちょっと勘違いをしている。

確かに今まではお手伝いするのが当たり前だったと思う。
何かを得るためには、何かをしなければならないというもの間違ってはいない。
ただ、私とリドルくんの関係の中では、それは必要のない概念だ。

「リドルくんは私の大事な子なんだよ。私の子どもなの。私はリドルくんの雇い主じゃないよ、お母さんなの」
「うん…?」
「お手伝いは嬉しいけど、それは労働じゃあないの。別に私、リドルくんがお手伝いしなくても家から追い出したりしないし、怒ったりもしない」

きょとんとした顔のリドルくんは、少し小首を傾げた。
理解するのに時間がかかっているみたいだ。

多分リドルくんは今まで、何かをしなければいけないという思いに駆られていたのだと思う。
そうしないと置いて行かれるとか、捨てられるなんて思ったりしているんじゃないかと。
私の勘違いかもしれない、リドルくんはそんなこと考えていないかもしれない。
でも、もし考えていたならば、それは違うということだけはちゃんと伝えておきたかった。

「とりあえず、家事は分担!洗濯と料理は私がやるから、リドルくんは掃除担当。どう?」
「…僕が掃除と料理担当、名無しさんは洗濯がいい」
「えー…ダメ、私も料理したいし」

リドルくんと交渉が始まった。
こうしている間にも、リドルくんは台所に皿を運んでくれている。
私も負けじと自分の皿を下げて、テーブルの真ん中にあった調味料も一緒に仕舞った。

「じゃあ朝と昼は僕、夜は名無しさん」
「…昼は当番制」
「ダメ」
「家事しないのが癖になっちゃうと、リドルくんがいなくなった時が大変なの」
「僕がいるうちに楽しておいて」

リドルくんは問答無用で台所に立ち、洗い物を始めてしまった。
私の言ったこと、分かっているんだろうか。
あんまりムキになって家事をやろうとしなくてもいいんだけどな。

「名無しさんは甘やかしすぎ」
「そんなことないって。リドルくんが大人すぎるの」

もっと甘えたっていいんだけどなあ。
ただやはり、今までご近所さん同士という関係から突然親子になるのも難しい話だ。

結局、私が折れて、リドルくんが朝ごはんと昼ご飯を作ることになった。
まあリドルくんの我儘みたいなものを聞いたと思えばいいか、と美味しいご飯を食べながら自分に言い訳をした。

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